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2019年5月句会報

句会報告一部を紹介します。

兼題 : 晩春、五月雨(さみだれ)、若葉、青葉

春暁や狎妓(こうぎ)の傘が干してあり
大森健司
借りものの服かげろふの水を踏む
菅城昌三
若葉寒ペン先が生む太き線
西川輝美
五月雨や近江商人荷をほどく
速水房男
去(ゆ)く春を指先ほどにとどめたし
上田苑江
さみだれや哀しき猫が毛繕ふ
武田誠
夏星を夫が取ってくれし夜
松浦美菜子
七度鳴るスマホを伏すやさみだるる
山本孝史
新しきルージュを買ひし柿若葉
池上加奈子
水芭蕉違(たが)はぬことを疑はず
白川智子
相乗りや若葉の季節巡るごと
前川千枝
五月雨や引き返すには遅すぎて
臼田はるか
晩春や出番なくした服がある
中谷かける
をんなとふ鬼ねむらせて新緑に
三谷しのぶ
女子(おみなご)の声を追ひつつ若葉かぐ
村田晃嗣
羅(うすもの)に四肢泳がせて夜がまた来
柴田春雷

借りものの服かげろふの水を踏む
菅城昌三
「森」中央支部特選。
私が、原句である、
借りものの服や五月の水を踏む
を「かげろふ」(陽炎)に添削しての特選。
原句の季語「五月」では、「借りものの服」の措辞が全く活きてこない。
季語を「かげろふ」(陽炎)にすることによって、その不安定な心情を巧みに詠みあげることの出来る作品となった。
俳句は虚実のバランス、世界観が最も大きいと再認識させる作品。

若葉寒ペン先が生む太き線
西川輝美
「森」中央支部特選。
作者らしい身近で平明な物を素直に詠った作品。
強烈なインパクトはないが、しっかりと「陰と陽」のバランスが取れていて、尚且つ「映像の復元」の為されている作品。
兼題の「若葉」の中でもどこか寂しさを感じさせる「若葉寒」を使ったところに、晴と褻(ハレトケ)としての文芸としての成功の鍵がある。

五月雨や近江商人荷をほどく
速水房男
「森」中央支部特選。
今月の中央支部の中でも最も感銘を受けた作品。
この「五月雨」は時代を超えて、モノクロームの世界観を映像として復元させる。
その「五月雨」を受けつつも決して手を止めない近江商人の様子がまるで、巻き絵の如く、美しく、一作品の俳句として描かれている。
具体的な「近江商人荷をほどく」という措辞が、兼題である「五月雨」に揺らぐことなくマッチしている。
商人であった作者の父を思い浮かべたのかもしれない。
いずれにせよ、見事な実力である。

去(ゆ)く春を指先ほどにとどめたし
上田苑江
「森」中央支部特選。
日本には四季があり、近年はその中で、春と秋の心地よい時期が短くなりつつある。
だからこそ余計に去りゆく季節を惜しむ気持ちがこみ上げる。
しかし、春は何度も巡りくる。
欲張らず、自身が持てるだけの少しの幸福に感謝し、余韻を楽しむ心の余裕が感じられる作品。
「指先ほどに」という措辞に、女性らしさが感じられ、散るからこそ美しい春がより一層鮮明に浮かびあがる。

さみだれや哀しき猫が毛繕ふ
山本孝史
「森」祇園支部特選。
雨が降ると猫は毛が濡れるのを嫌がり、軒下などに隠れてしまうので、おそらくこの場合は家猫である、と思われる。
狩りの本能を無くした家猫は餌を食べて寝ている以外、ほとんど何もしない。
そして、雨の前に湿度が上がり始めると、毛繕いをして、体温調節をはかる。
雨に動じず、ひたすら同じ行為を繰り返すのは決して哀しくはなく、自然に抗わない生き方なのである。
自然には逆らえない小さな哀しき生き物。
作者はそれを羨ましく思っているのか、または、人の動きが鈍くなる五月雨の季節、じたばたせずに、物思いに耽ることの美徳を、いち俳人として身につけているのかもしれない。

七度鳴るスマホを伏すやさみだるる
山本孝史
「森」祇園支部秀逸。
着信に気づいているのに、電話に出ずに伏せるのは、心変わりか、更には別の女性が横にいるのか。
それは詠み手に委ねられる。
下五を「さみだるる」としたことが、すぐには解決しない問題提起をされたようで面白い。
鳴り続ける不快な着信音に、たたみかけるように降る雨音。
春のしとしと降る雨と違い、雨量が多く雨音が激しい五月雨が心を乱し、不穏な空気を醸し出している。
追いかけられると逃げたくなる男性心理を巧みについた作品である。

をんなとふ鬼ねむらせて新緑に
三谷しのぶ
「森」中央支部特選。
季語の「新緑」のエネルギーを超えるパワーが感じられる作品である。
新しい生命の喜びと、夏の到来を表す新緑に、はたして鬼はおとなしくねむるのだろうか。
真夏ほどのギラついた陽射しは無くとも、紫外線が一番きついとされている季節であり、太陽の光を乱反射した「新緑」に、何か危うさを感じずにはいられない。
鬼子母神が子供を喰らわない様、釈迦が代わりにザクロを与えたいう俗説があるが、盛夏には再び目覚めてしまうかもしれない鬼を封印しているようである。
決して奇をてらった季語ではなく、素直に「新緑に」と季語を下五に収めたのも成功の鍵となっている。

羅(うすもの)に四肢泳がせて夜がまた来
柴田春雷
「森」祇園支部特選。
現代では衣替えは年に二回、6月1日より着物は紗など「羅」(うすもの)になる。
「四肢泳がせて」いるのは、この場合、衣装が軽くなった喜びも当然あるだろうが、それよりも、風通しの良い夜が来る喜びが勝るのであろう。
「泳ぐ」というのも夏の季語であるが、この場合、重心としてメインの季語は「羅」(うすもの)にある。
「四肢泳がせて」という措辞も女性特有のモノでおり、良い。
そして下五の「夜がまた来」、と言う措辞が収まりが良くリズムも良い。
「羅」(うすもの)に四肢が透けて見えて、月明かりに照らされる姿が目に浮かぶようである。
実に古典的でありながら、色気のある作品となっている。

十七文字に詰め込みすぎると焦点がぼやけてくる。
それを如何に客観視して相手に知らせるか、否か。
詠み手に如何に想像させるか、写生をすることで気持ちを昇華させるのである。

「森」俳句会は近日、会員も増え、さらに充実した句会となっている。
今月より「森」鴨川支部が新たに開設された。
近い将来「森」東京支部を開設する予定である。

俳句は言葉足らずでも、饒舌すぎてもいけない。
これは各企業のセミナーでも話していることであるが、99の流れる言葉より、「1の核心」を突いたひと言の方が、相手の心に残る。
話が上手ではない経営者の方々、不得手な経営者の方々もいらっしゃるが、ポイントはたったひとつでいい。
相手の心に突き刺さる言葉があればいいのである。
それは決して多く饒舌ではいけない。
あとはそのひとつの言葉を引き立てるある意味、陰や褻の言葉で良いのである。
多くを語る者は多くを失う。
それは詩歌のすべて。
又、俳句の世界でも同じである。


追記
現在は企業のセミナーやコンサルティングもいくつか行なっております。
言葉の力というものは不可欠であり、非常に重要です。
いかにして短い言葉でインパクトを残すことが出来るか、ということです。尚、川柳や短歌にはない「季語」を勉強することによって言葉の
引出しは確実に堅実に増えます。感受性も高めます。
また「森」句会とともに進めてまいります。

詳しくはまたホームページをご覧のうえ、お問い合わせください。
「森俳句会」ホームページ
http://morihaikunokai.jp
尚、ご質問等につきましては、
「森俳句会」
morihaikunokai@gmail.com
までお気軽にご連絡ください。
大森健司
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2019年4月句会報

句会報告一部を紹介します。

兼題 : 桜(花 全般)、朧

朧よりをとこのにほひ濃く戻る
大森健司
灯をつけしまま春泥に眠りけり
菅城昌三
灰皿に春愁二、三消しにけり
西川輝美
後ろ髪追へども追へども朧かな
速水房男
花群れを透かして若き月登る
上田苑江
花明り青磁の筒に水を挿(さ)す
武田誠
花冷や読みかけの本並びをり
松浦美菜子
花見酒清濁あはせ呑み干せり
山本孝史
打ちかけのラインを消して春寒し
池上加奈子
母なくて桜は未だ咲きにけり
白川智子
花冷えや人の残りて空低し
前川千枝
たんぼぽのやうな速度で逢いに行く
臼田はるか
朧夜や変わり者だといふ響き
中谷かける
とほき世のひとは隣りに花衣
三谷しのぶ
指で追ふ花のゆくえや高枕
村田晃嗣
モンシロチョウ遮断機降りて見送れず
柴田春雷

灯をつけしまま春泥に眠りけり
菅城昌三
「森」中央支部秀逸。
この場合の「春泥」は比喩と捉えた方が良いだろう。
部屋に帰ってひたすら「春の泥」のように眠る作者。
出張の多い作者だけにその映像は復元することが出来、自己の投影もされた作品。佳吟であるが、正直作者の力量を知るうえでは弱い作品。

花群れを透かして若き月登る
上田苑江
「森」中央支部特選。
若き月という措辞が、言葉は平明でありながら、生命力が漲り、今から登ろうとする月の映像の切り取りと復元が見事である。
花の群れを透かして見える月という、奥行きの技法も素晴らしい。
仄白い、春の色彩感が美しい作品である。
躍動感も脈々とあり、エネルギーに充ちた作品。

花明り青磁の筒に水を挿(さ)す
武田誠
「森」祇園支部特選。
青磁の器は唐代より文化人に愛され、貴族から重宝されており、大変美しい色彩を持つ。
華美な虚飾を持たず、飽きがこないのが素晴らしいのである。
外は春の花盛りであるのに、部屋で一人、花器に水を挿す行為が天邪鬼(あまのじゃく)的な行為であり、作者のメッセージが読み取れる作品。
「花明り」に勝る、青磁が放つ美しい色彩と光が作者の目を捕らえて離さないようである。

花冷や読みかけの本並びをり
松浦美菜子
「森」祇園支部秀逸。
「読みかけの本並びをり」という措辞に対して、季語の「花冷」が絶妙に効いている。
仕事帰りに夜、花見に行こうと浮かれ気分であるのが、出鼻をくじく「花冷」の寒さがあるように、春はスタートのエンジンがかかりにくい。
その少し鬱々とした気分が分かりやすく表現されている。
読みかけの本が並ぶという措辞からひとり暮らし、もしくは個の部屋であることが、想像することが出来る映像の復元力。(作者を知ると後者。)
「花冷」という季語そのものが、作者のつぶやきを大きく反映しているように思える。
春の歓びではなく、もう一方の春の寂しさを感じさせる作品に仕上がっている。

たんぼぽのやうな速度で逢いに行く
臼田はるか
「森」祇園支部特選。
「たんぽぽのやうな速度」とはどんな速度なのか?
作品そのものが問いかけのようで面白い。
「たんぽぽ」は朝日を浴びて花が開き、夜になると萎むのを繰り返し、ゆっくり一週間ほど咲き続ける。
そして一度花びらを落とし、再びゆっくり時間をかけて綿毛になる。
春という美しい時間をゆっくり楽しむように、恋も焦らずといった、少しの余裕と臆病さが入り混じった心豊かな作品と解釈して良いだろう。
実に作者らしい瑞々しく、手垢のついていない作品に仕上がっている。

とほき世のひとは隣りに花衣
三谷しのぶ
「森」中央支部特選。
この場合の「とほき世」は短歌的解釈ではなく、私なり解釈で捉えさせて頂く。
この現実に存在しないひとでも良いし、すでに自分から遠ざかったひと、どちらでも良いのだが、前者の方が作品としての膨らみは増すであろう。
現実に存在しないひとと並ぶのが、桜そのものの魔力であり、それが季語の「花衣」によって繊細に表現されている。
「花衣」とは、花見の時に着る女性の美しい着物のことを指すが、現代の季語における「花衣」は花見の為に着て行く御化粧(おめかし)の服装全般としての解釈で良いと思われる。
季語を「桜」そのものではなく、「花衣」と自身に引き付けているのが、成功例となった鍵である。

指で追ふ花のゆくえや高枕
村田晃嗣
「森」中央支部特選。
村田晃嗣氏と、とあるバーで談笑した時に、即興で、
「北へ行く桜前線」と出された。
それでは説明句になるので、「花のゆくえ」に直しましょうということになり、「指で追ふ花のゆくえや」までが出来上がった。
下五に何を持ってくるかが鍵であるが、その場ですぐ作者は、「高枕」を持ってこられた。
これには大変驚かされたのを記憶している。
『俳句とは即興なり、挨拶なり、滑稽なり』と山本健吉氏は述べられている。
この山本健吉氏の言葉を正に俳句として、昇華させた瞬間であった。
春の昼は「霞(かすみ)」、夜は「朧(おぼろ)」であるが、「高枕」という言葉を持ってきたことで、その霞んで気だるい感を見事に払拭して、格調ある作品に仕上がっている。
それほどまでにこの「高枕」の下五は素晴らしい措辞である。
俳句は本当におもしろい、と私自身も感じた場であった。

モンシロチョウ遮断機降りて見送れず
柴田春雷
「森」祇園支部特選。
踏切の遮断機が降り、電車が通り過ぎて、何かを見失う光景が映画の一コマのようであり、映像の復元がしっかりなされている。
「見送れず」で終わることで、悲しみや寂しさが込み上げる。
「モンシロチョウ」が漢字の「紋白蝶」ではなく、片仮名であるのも面白く、現代的。
電報のようなぎこちない文体が、他人事のように突き放した感があり、春に出遅れたような、作者の虚しさを強めている。
優れた作品で特選に値する。

十七文字に詰め込みすぎると焦点がぼやけてくる。
それを如何に客観視して相手に知らせるか、否か。
詠み手に如何に想像させるか、写生をすることで気持ちを昇華させるのである。

「森」俳句会は近日、会員も増え、さらに充実した句会となっている。
今月より「森」鴨川支部が新たに開設された。
近い将来「森」東京支部を開設する予定である。

俳句は言葉足らずでも、饒舌すぎてもいけない。
これは各企業のセミナーでも話していることであるが、99の流れる言葉より、「1の核心」を突いたひと言の方が、相手の心に残る。
話が上手ではない経営者の方々、不得手な経営者の方々もいらっしゃるが、ポイントはたったひとつでいい。
相手の心に突き刺さる言葉があればいいのである。
それは決して多く饒舌ではいけない。
あとはそのひとつの言葉を引き立てるある意味、陰や褻の言葉で良いのである。
多くを語る者は多くを失う。
それは詩歌のすべて。
又、俳句の世界でも同じである。


追記
現在は企業のセミナーやコンサルティングもいくつか行なっております。
言葉の力というものは不可欠であり、非常に重要です。
いかにして短い言葉でインパクトを残すことが出来るか、ということです。尚、川柳や短歌にはない「季語」を勉強することによって言葉の
引出しは確実に堅実に増えます。感受性も高めます。
また「森」句会とともに進めてまいります。

詳しくはまたホームページをご覧のうえ、お問い合わせください。
「森俳句会」ホームページ
http://morihaikunokai.jp
尚、ご質問等につきましては、
「森俳句会」
morihaikunokai@gmail.com
までお気軽にご連絡ください。
大森健司

森俳句会「鴨川支部」開設!

「森俳句会」にたくさんのお問い合わせ、誠にありがとうございます。
新たに「鴨川支部」を毎月 第2金曜日もしくは第2日曜日に開設する運びとなりました。
場所は京阪電車 祇園四条駅より徒歩1分 の店舗をお借りして、会社帰りや土日がお休みでない方もお気軽にお越しいただければと思います。

お問い合わせは大森健司 森ホームページもしくは、
morihaikunokai@gmail.com
迄。
(月謝5000円、入会費無料)
今後とも「森俳句会」何卒よろしくお願い申しげます。



代表 大森健司

第4回 京都国際文化KICA講演 お知らせ

好評につき、京都国際文化協会主催 KICAセミナーを下記の日程で行ないます。

「俳句をたのしむ 4」

◾️2019年6月16日(日曜日)午後2時〜午後4時(午後1時半より開場)
◾️場所 京都市国際交流会館
市営地下鉄 蹴上駅より徒歩5分
◾️費用 一般 1000円 (会員 無料)
定員になり次第、受付終了となります。

俳句は「季語」で決まると言っても過言ではない、言い切りの文芸です。

その場で添削・指導の上、上達法も詳しく解説いたします。
お会い出来ることを楽しみにしております。

◾️お問い合わせ
京都市国際文化協会
TEL 075-751-8958
FAX 075-751-9006
もしくは、
「森俳句会」
morihaikunokai@gmail.com
担当 西川まで

よろしくお願い致します。


国際文化協会講演2019
プロフィール

kenjiomori

Author:kenjiomori
俳句結社「森」主宰、大森健司のブログ★受賞多数。
お気軽に覗いて下さい。
お問い合わせは「森」ホームページ にて。

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