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第4回 京都国際文化KICA講演 お知らせ

好評につき、京都国際文化協会主催 KICAセミナーを下記の日程で行ないます。

「俳句をたのしむ 4」

◾️2019年6月16日(日曜日)午後2時〜午後4時(午後1時半より開場)
◾️場所 京都市国際交流会館
市営地下鉄 蹴上駅より徒歩5分
◾️費用 一般 1000円 (会員 無料)
定員になり次第、受付終了となります。

俳句は「季語」で決まると言っても過言ではない、言い切りの文芸です。

その場で添削・指導の上、上達法も詳しく解説いたします。
お会い出来ることを楽しみにしております。

◾️お問い合わせ
京都市国際文化協会
TEL 075-751-8958
FAX 075-751-9006
もしくは、
「森俳句会」
morihaikunokai@gmail.com
担当 西川まで

よろしくお願い致します。


国際文化協会講演2019
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2019年3月句会報

句会報告一部を紹介します。

兼題 : 日永、草餅、春陰

かげろふや罪をのがれて水のうへ
大森健司
蓬餅濡れて過客となりにけり
菅城昌三
ビートルズ横断中なりかぎろへり
西川輝美
黒髪の過ぎゆく先の遊糸かな
速水房男
残雪に足とられをり湯守かな
上田苑江
草餅の踏みしも旅の終はりかな
武田誠
春陰や夕餉の支度ままならず
松浦美菜子
丸氷少しずつ溶け日永かな
山本孝史
酔ざめの春の夜風にあたりをり
池上加奈子
永き日のほのかな刻を願ひたし
白川智子
草餅や鈍行列車の走りをり
前川千枝
春泥の落ちぬヒールで走りけり
臼田はるか
鏡より己を愛す日永かな
中谷かける
脱ぐための衣購ひ(あがなひ)の春の雷
三谷しのぶ
春陰がうなじにのびる古都の女(ひと)
村田晃嗣
人づての噂となりぬ春の傘
柴田春雷

ビートルズ横断中なりかぎろへり
西川輝美
「森」中央支部秀逸。
「ビートルズ横断中なり」という措辞から、ビートルズの名作「アビーロード」のジャケットを誰もが想像する。
あの横断中のビートルズは様々なオマージュを含めて、メンバーそれぞれが白い歩道を横断している。
何故、ポールマッカートニーは裸足なのか?
また何故、わざわざ写真を反転させたのか?
これには幾つかの諸説がある。
それについてはここでは深くは触れる必要はない。
季語を「陽炎」(かげろう)にすることによって作品に物語性を含ませることが出来た成功例。
秀逸ながら、心に残る。
また熱い珈琲を飲みながら、久しぶりにアビーロードを聴きたくなった。

残雪に足とられをり湯守かな
上田苑江
「森」中央支部秀逸。
この作品は山形県のとある温泉地で詠まれたとのこと。
さりげない描写、さりげない言葉であるが、映像の復元もしっかりと出来、季語の「残雪」によって「湯守」の存在感がありありと炙り出されてくる作品。
一見逞しくしっかりとしていそうな湯守が「足とられをり」という一瞬の隙を詠んだ作者の視点が感銘に値する。

春泥の落ちぬヒールで走りけり
臼田はるか
「森」祇園支部特選。
春泥が靴についた例句は多いが、そこから一歩踏み出した作品。
先ず「ヒール」というのが面白い。
又、この作品をただ単に落ちないのを諦めて先を急ぐと解釈するのはナンセンスである。
春泥がついているヒールの間の抜けた感がかえって愛おしく思える。
ヒールよりも光を放っている自身が際立つようである。
長い冬の後動き出した、躍動感満ち溢れた作品。
現代の女性らしくもある。
等身大の表現が良い。
青春性も感じられる。

鏡より己を愛す日永かな
中谷かける
「森」祇園支部秀逸。
作者が得意とする二重構造的な作品。
以前、取り上げた作者の作品に以下がある。
ポケットに卒業出来ない俺がいる
鏡に映る真実の自分への嫌悪感、または世間の目から見た自身への否定、もしくは自身を慰め、少しだけ甘やかしているのかもしれない。
春の日永。
そこはかとなく長く感じる時間にもて余す自身への皮肉が面白い作品である。

脱ぐための衣購ひの春の雷
「森」中央支部特選。
三谷しのぶ
一見女性的に見えて、男性的でダイナミックな作品。
女性の服を脱がすのは、この場合男性とするなら、それを俯瞰しているのが実に大胆である。
又、決して品位を欠いていない。
脱ぐための衣購ひに春の街
これが原句である。
原句のままでも中央支部では充分な高得点句であった。
私が、
脱ぐための衣購ひの春の雷
に推敲したのだが、よりドラマチックでエロチシズム漂う作品に仕上がったと思われる。
霞んでいる春という季節に、弱い句が目立った中、ひときわ鮮烈な印象を受ける作品である。
作者の代表作のひと作品にはとなるであろう、一句である。
同時作の以下も佳吟。
朧月足より人魚となる少女
弾きゆけば大樹の声す春の琴


春陰のうなじにのびる古都の女
村田晃嗣
「森」中央支部特選。
まず、「春陰がうなじにのびる」。
このような措辞の例句を私は見たことがない。
そして、次にまるで溝口健二監督作品に見られるような情景描写。
見事な技量としか言いようがない。
「うなじにのびる」という表現が非常に艶めかしく、またぬめりさえ感じられる。
「古都の女」は、川端康成『古都』然り、一筋縄ではいかない京女なのかもしれない。
哀しい女が東映映画なら、凛とした女が大映映画であり、後者に近い世界観。
こちらの作品も同時作で、高得点句で見事な「春陰」の作品。
一椀(ひとわん)に春陰宿る庵(いおり)かな

人づての噂となりぬ春の傘
柴田春雷
「森」祇園支部秀逸。
京都は逢瀬という言葉がよく似合う街である。
そして、街の狭さから、誰かに見られていることが多い。
「人づての噂」という措辞が、知られたくないような、でも知られたいような、女性特有の感情だと言える。
喧騒や人の目を避けて、一つの傘の中歩く姿が京の街に静かに溶け込み、余韻をもたせる作品。
春は心が穏やかでない、という心情がうまく映像化されている。
作者ならではの古風な感覚を貫き通しているのも良い。

十七文字に詰め込みすぎると焦点がぼやけてくる。
それを如何に客観視して相手に知らせるか、否か。
詠み手に如何に想像させるか、写生をすることで気持ちを昇華させるのである

「森」俳句会は近日、会員も増え、さらに充実した句会となっている。
近い将来「森」東京支部を開設する予定である。

俳句は言葉足らずでも、饒舌すぎてもいけない。
これは各企業のセミナーでも話していることであるが、99の流れる言葉より、「1の核心」を突いたひと言の方が、相手の心に残る。
話が上手ではない経営者の方々、不得手な経営者の方々もいらっしゃるが、ポイントはたったひとつでいい。
相手の心に突き刺さる言葉があればいいのである。
それは決して多く饒舌ではいけない。
あとはそのひとつの言葉を引き立てるある意味、陰や褻の言葉で良いのである。
多くを語る者は多くを失う。
それは詩歌のすべて。
又、俳句の世界でも同じである。


追記
現在は企業のセミナーやコンサルティングもいくつか行なっております。
言葉の力というものは不可欠であり、非常に重要です。
いかにして短い言葉でインパクトを残すことが出来るか、ということです。尚、川柳や短歌にはない「季語」を勉強することによって言葉の
引出しは確実に堅実に増えます。感受性も高めます。
また「森」句会とともに進めてまいります

詳しくはまたホームページをご覧のうえ、お問い合わせください。
「森俳句会」ホームページ
http://morihaikunokai.jp
尚、ご質問等につきましては、
「森俳句会」
morihaikunokai@gmail.com
までお気軽にご連絡ください。
大森健司

京都国際文化協会 講演講評(3月23日 京都国際文化会館蹴上にて開催)

京都国際文化協会 講演講評(3月23日 京都国際文化会館蹴上にて開催)

今回、京都国際文化協会講演、「俳句を楽しむ 3」では雪月花の歴史、桜の由来と歴史による桜の捉え方の違い、日本における桜の美意識、そして俳句の核である【文法】を中心に講演を行いました。
その中で「桜」と一概に言っても、俳句の季語の上では「花明かり」「花しぐれ」「花の雨」「花冷え」「花衣」「花筏」など様々な表現があること、おいては日本語の美しさについて例句を挙げて具体的に触れました。
同時に「春の風」と「風光る」の違いなども説明致しました。
また今回のテーマよひとつとして、【漢字、片仮名、ひらがな】によって俳句がどのように変化するのか、これを俳句の三原則のひとつである、【言葉のリズム】と共に詳しく説明させていただきました。
最後の30分で皆さんに実際に作句の簡単なテクニック方法を教示した上で、即興句会を行いました。
皆さん、即座に講義を吸収され、その場で私が添削、解説、選評を行い、大いに盛り上がりを見せた講演に終わりました。
機会を下さった京都国際文化協会の皆様に心より御礼申し上げます。

「俳句を楽しむ 3」ー桜(さくら)と朧(おぼろ)ー 句会報告
大森健司選評(添削含む)
◎特選
目をあけたかえるの背ナに風光る 和子
追伸に余韻のありて花しぐれ ゆうこ
花冷えの池をめぐれる影二つ ちづる

◉秀逸
佐保姫の衣擦れの音風わたる 喜久子
春の月町家の格子あわあわと そのえ
桜花京に女の庭師をり 遊児
おひさまのかけらこぼれてたんぽぽに ゆうこ
紅白の梅青空を奪ひあふ 成り
宴果てみな散り散りに朧月 そのえ

○並選
みづうみの水通はせて山笑ふ ひろこ
花しぐれ俳句づくりに到りつく 美代子
花明かり風のつめたさ身に沁みる 新一
ひととせの呪縛のとけてさくらかな 喜久子

追伸
「森俳句会」句会についてのお問合せ、ご質問が多かったのですが、下記のホームページをご参照ください。
http://morihaikunokai.jp
尚、ご質問等につきましては、
「森俳句会」
morihaikunokai@gmail.com
までお気軽にご連絡ください。

「森俳句会」代表 大森健司

2019年2月句会報

句会報告一部を紹介します。

兼題 : 外套、手套、春寒、綿虫

春ひとり青クレヨンを減らしけり
大森健司
外套やぶらりと月を連れてきし
菅城昌三
手袋や夜のことばをかき集め
西川輝美
梅咲くや小僧の下駄の片減りに
速水房男
雪の朝きれいな鳥がついと来て
上田苑江
春寒や川の流れととも歩く
武田誠
春寒や布団ふたりで分け合ひて
松浦美菜子
親指の爪切りすぎて寒の春
山本孝史
綿虫に淡い季節を過ごしをり
池上加奈子
寒すぎし春に予期せぬ客のあり
白川智子
この道の久しからずやコート脱ぐ
前川千枝
手袋や小さな旅の続きをり
臼田はるか
春寒し色とりどりの祇園菓子
中谷かける
わたくしも少しこはれて春の雲
三谷しのぶ
綿虫やオルフェの耳にささやきぬ
柴田春雷

外套やぶらりと月を連れてきし
菅城昌三
「森」中央支部特選。
季語の「外套」、そしてぶらりと月を連れてくるという視点から男性の作品であることは確かである。
作者が昌三である場合、この作品の「月」は偶然の産物であると思われる。
システムエンジニアで地方出張の多い作者が、仕事の帰り道にふと詠んだ作品であろう。
さりげない作品であるが、季語である「外套」がしっかりと活きていて暖かさと少しの哀愁を感じさせる作品に仕上がっている。
靴音まで聞こえてくるようである。

手袋や夜のことばをかき集め
西川輝美
「森」中央支部特選。
まず「夜のことば」という女性らしい柔らかな言葉が目を引く作品。
それがかえって寂しさを伴っている。
現代社会において、マスクをする定義が変わっているらしい。
外敵は、風邪や花粉から、世間の目や中傷となり、マスクをしていると安心なのである。
手袋も然り。
手袋で覆われている手という頼りなげな作者、輝美の不安感が浮かび上がる。
かき集めるほどしかないという否定的な状況に恩寵をもたらす、「夜のことば」に、様々なな想像も膨らむ。
「手袋」いう季語の中でも歳時記の例句にも劣らない作品である。

梅咲くや小僧の下駄の片減りに
速水房男
「森」中央支部特選。
梅は古来より、春の到来を告げる植物であった。
近代における、その薄れつつある原風景。
作者はそれを描くのが上手い。
春が来た喜びを遠い目で微笑ましく見る作者の姿、そして「小僧の下駄の片減りに」の措辞に見る、足を一瞬止めた先の映像の切り取り。
「梅咲くや」という季語との取り合わせの妙はまさに絶妙である。
今月の「森俳句会」の中でも、文句なしの特選に値する作品と言える。

雪の朝きれいな鳥がついと来て
上田苑江
「森」中央支部特選。
この作品は私以外誰も選に採らなかった。
いや、さりげなさすぎて採れなかったのである。
鳥は空を飛ぶことから、天や神からの使いと言われ、家に幸福をもたらす。
春になれば北に渡る鳥が、旅立つ前に「ついと」立ち寄ってくれた嬉しさ。
この場合、奇をてらった言葉は一切不要であり、素直な言葉こそより心が洗われるのである。
中国の昔話のようであり、また唱歌のようでもある世界観に思わず口ずさみたくなるような、心が浄められる作品。

わたくしも少しこはれて春の雲
「森」祇園支部特選。
三谷しのぶ
「わたくしも少しこはれて」という措辞。
ここが作者の今生きている現在地点である。
作者はそこから逃げも隠れもしない。
私、大森健司も自分自身を擬物化した作品がある。
炎天や生き人形が家を出る
捻子(ねじ)巻けば人また動く黄砂かな
父なくて子といふ玩具梅雨に入る
健司
この、
わたくしも少しこはれて春の雲
私自身、この心情は非常に共感できる。
「春の雲」の季語が主張しすぎている感も否めないので、秋の「いわし雲」辺りの方がさらりと詠んでいて良いかも知れない。

綿虫やオルフェの耳にささやきぬ
柴田春雷
「森」祇園支部特選。
静かな中にある躍動感のある作品。
オルフェとは、ギリシャ神話の登場人物オルフェウスのこと。
黄泉の国に、死んだ妻エウリュディケを連れ戻しに行ったものの、後ろを振り返ってはいけないという約束を破り、妻はこの世に戻らない。
人間の心にある疑いや不安、それを駆り立て、そそのかすモチーフに綿虫を持って来た着眼点が面白い。
ファンタジーと怖さが入り混ざっている作品。
夢と現実の両方を知る少し大人の女性さが神話的でもある。
「綿虫」は化身なのである。

十七文字に詰め込みすぎると焦点がぼやけてくる。
それを如何に客観視して相手に知らせるか、否か。
詠み手に如何に想像させるか、写生をすることで気持ちを昇華させるのである。

「森」俳句会は近日、会員も増え、さらに充実した句会となっている。
近い将来「森」東京支部を開設する予定である。

俳句は言葉足らずでも、饒舌すぎてもいけない。
これは各企業のセミナーでも話していることであるが、99の流れる言葉より、「1の核心」を突いたひと言の方が、相手の心に残る。
話が上手ではない経営者の方々、不得手な経営者の方々もいらっしゃるが、ポイントはたったひとつでいい。
相手の心に突き刺さる言葉があればいいのである。
それは決して多く饒舌ではいけない。
あとはそのひとつの言葉を引き立てるある意味、陰や褻の言葉で良いのである。
多くを語る者は多くを失う。
それは詩歌のすべて。
又、俳句の世界でも同じである。


追記
現在は企業のセミナーやコンサルティングもいくつか行なっております。
言葉の力というものは不可欠であり、非常に重要です。
いかにして短い言葉でインパクトを残すことが出来るか、ということです。尚、川柳や短歌にはない「季語」を勉強することによって言葉の
引出しは確実に堅実に増えます。感受性も高めます。
また「森」句会とともに進めてまいります。

詳しくはまたホームページをご覧のうえ、お問い合わせください。
「森」MORIホームページ
http://morihaikunokai.jp
大森健司

2019年1月句会報

句会報告一部を紹介します。

兼題 : 御下り(おさがり)、寒雀、七日粥

あをぞらを女跨(また)ぎて初化粧
大森健司
去年今年油残りし手を洗ふ
菅城昌三
寒すずめ人の後ろに人の音(ね)よ
西川輝美
初東風(はつこち)や湖(うみ)にとどまる黒い舟
速水房男
日だまりに幼児(おさなご)がゐて寒雀
上田苑江
御降りのしづかに移る祇園かな
武田誠
寒すずめふたつの枕並びをり
松浦美菜子
枕辺に遠き支度の七日粥
山本孝史
着ぶくれて着替えの服を迷ひたり
池上加奈子
結納やふくら雀のふくらみて
白川智子
「おまえ」とは聞き捨てならぬ寒雀
前川千枝
お降りのときに優しき別れあり
臼田はるか
御降りや遠回りして帰りたし
中谷かける
人の香はしばらくつけず初鏡
三谷しのぶ
お降りに打たれて五十路顧みぬ
村田晃嗣
寒雀けんけん足でお隣りに
柴田春雷

寒すずめ人の後ろに人の音(ね)よ
西川輝美
「森」中央支部特選。
兼題のひとつである「寒雀」のなかでも最も感銘を受けた作品。
中七下五の「人の後ろに人の音(ね)よ」の「人」リフレインがこの上なくよい。
これは人の生活音かも知れないし、もしくは道を行く人の様かもしれない。
いずれにせよ、「人」という言葉を二度繰り返しすような稚拙な表現がかえって良く、おもしろさが、そこにある。
ありふれた日常用語の使用と軽い口語的発想は輝美の特徴のひとつと言えよう。
いずれにせよ、「寒すずめ」の季語が絶妙に後ろの措辞に掛かっていて、正に俳句の本質である、「付かず離れず」を実践して成功した例。
そこには、輝美の住む世界の大小は問わず、一人の人間の豊かさ、艶やかさ、見事さを表現し尽くしている。
この生命を詠った作品は輝美の代表作のひとつとなるであろう、と思われる。

初東風(はつこち)や湖(うみ)にとどまる黒い舟
速水房男
「森」中央支部特選。
今月は、速水房男氏の独断場であった。
この作品の他に、兼題である、
お降りや一本松の濡れ始む
七草の粥に加へし湖の色

もあり、「お降り」も同じく特選として採らせて頂いた。
房男氏の良き作品は、ただうっとりとその美しい情趣にひたっていれば足りると言った作品が多く見られる。
それはもちろん、作者の選択された題材の美しさにもよるが、正に水墨画に豊かな静かな風が過ぎたような感覚に包まれる。
作者の唯美的な感覚はその作品にも顕著に現れている。
初東風や湖にとどまる黒い舟
この句は今月の全ての「森」俳句会の作品の中で群を抜いて素晴らしい。
悠久な大自然、特に淡海(近江)を題材とした彼の作品は只々、映像が鮮明であり、美しい。
悠久と永遠の違いは、さほど大きくはない。
永遠も時間を超越して、限りなく持続することを意味する。また哲学では、そのもの自体は時間という枠にありながら、限りなく、決して途絶えることなく続いていくとされるもののことを指す。
作者の場合は、後者であろうと思われる。
お降りや一本松の濡れ始む
山吹の袈裟通り過ぐ遊糸かな(2018年5月)
過ぐる後湖に色づく蜆舟(2018年4月)
百年の薄れし屋号冴へかえる(2018年2月)
花街の恋猫とほる我とほる(2017年3月)
枯野ゆく瞼の奥の枯野かな(2016年12月)
水澄んで呼ばれるままに行きにけり(2016年10月)
これらの作品群は正しく、房男氏の代表作であり唯美的で悠久な大自然、風景を詠んだものが多い。
際立った個性ではないが、人目に目立たない地味な日常を過ごしながら、いつの間にか独自の風格を築き上げている。
このような作家は珍重するに値する。

日だまりに幼児(おさなご)がゐて寒雀
上田苑江
「森」中央支部秀逸。
全てが不思議と自然に丸きものが集約されている作品。
人は丸いものが飽きずに愛着が湧く。
全ての真理は「円」つまり丸にある故ではないか、と思われる。
「日だまり」という寒い冬の日にありがたい、大きく包む存在の中、それに守られる幼子、そしてさらに小さき存在である寒雀という、仏教的世界観が顕著に現れている。
作者らしい素直で暖かな作品。

寒すずめふたつの枕並びをり
松浦美菜子
「森」祇園支部特選。
兼題である「寒雀」とは、冬になると餌が少なくなるので人家付近に近づいてくる雀のことを指す。屋根や軒にくる姿は厳しい寒さ軒中で誰もが目にしたことのある光景であろう。
それに対しての措辞の「ふたつの枕並びをり」は、外の「寒雀」に対して家の内の世界観。
ふたつの枕が並ぶのは、まず夫婦である。(同棲している場合もそうかも知れないが、作者は新婚である)
この対比が温かく好感が持てる作品に仕上がっている。
枕辺で窓の外の寒雀の鳴き声を聞きながら、またふたりで休日にゆっくりと寝室で朝を過ごしているであろう、光景。
平明な言葉を用いながら、豊かな情景を描いた技量は特選に値する。

結納やふくら雀のふくらみて
白川智子
「森」祇園支部秀逸。
この作品は一昨年、孫娘の結納に立ち会った際に手帳に書きとめた俳句だと伺った。
慶ばしい「晴(ハレ)」の日に、素直に浮かんだ気持ちや情景を日記のように筆をはしらせる行為は、俳句を親しむ中で非常に大切な行為である。
リズムも良く、詠み手も何か柔らかい、幸せな気持ちになれる秀作といえよう。

お降りのときに優しき別れあり
臼田はるか
「森」祇園支部秀逸。
優しき別れとは何か、とまず色々な想像が膨らむ。
円満な別れ、依願退職、大往生、等。
ただこの作品の場合は、別れは優しくなかったのでは無かったのではないだろうかとも思える。
作者に降る「お降り」が、静かな時間の中で悲しい思い出を優しいものに変えた、「季語の恩寵」と言える作品である。
ちなみに「お降り」という季語は新年の季語であり、「おさがり」と読む。
元日や三が日の間に降る雨や雪のことを指す。
めでたさを敬して「御降り(おさがり)」と言うのである。


お降りに打たれて五十路顧みぬ
村田晃嗣
「森」中央支部秀逸。
雪の降る町を 雪の降る町を
息吹と共に こみあげてくる
雪の降る町を 誰もわからぬわが心
このむなしさを このむなしさを
いつの日か 祈らん
新しき光ふる 鐘の音

昭和からいまもなお語り継がれる名曲『雪の降る町を』の抜粋である。
正月三が日、仕事から離れ、静かに「五十路」を内省する作者の姿にこの歌のフレーズが一番に思い浮かぶ。
冷たく厳しい雪もあるが、「お降り」という目出度い雨雪が作者の心に染み入り、温かく優しい雪、もしくは雨が作者に降る。
歌の締めくくりにある、「哀しみをほぐし むなしさを新しき光降る鐘が祈り 思い出をいつの日にか包むであろう」ものが作者にとっては「お降り」なのかもしれない。

寒雀けんけん足でお隣りに
柴田春雷
「森」祇園支部秀逸。
こちらも兼題の「寒雀」。
素直で慈愛に満ちた作品であり、普段警戒心の強い雀が冬になり、無防備な愛くるしさが現れている作品。
「けんけん足」という表現が少年時代を思い出し、懐かしく、寒雀への「小さきものいとをかし」の世界観。
愛情に溢れた伸び伸びとした作品であるのが秀逸。


十七文字に詰め込みすぎると焦点がぼやけてくる。
それを如何に客観視して相手に知らせるか、否か。
詠み手に如何に想像させるか、写生をすることで気持ちを昇華させるのである。

「森」俳句会は近日、会員も増え、さらに充実した句会となっている。
近い将来「森」東京支部を開設する予定である。

俳句は言葉足らずでも、饒舌すぎてもいけない。
これは各企業のセミナーでも話していることであるが、99の流れる言葉より、「1の核心」を突いたひと言の方が、相手の心に残る。
話が上手ではない経営者の方々、不得手な経営者の方々もいらっしゃるが、ポイントはたったひとつでいい。
相手の心に突き刺さる言葉があればいいのである。
それは決して多く饒舌ではいけない。
あとはそのひとつの言葉を引き立てるある意味、陰や褻の言葉で良いのである。
多くを語る者は多くを失う。
それは詩歌のすべて。
又、俳句の世界でも同じである。


追記
現在は企業のセミナーやコンサルティングもいくつか行なっております。
言葉の力というものは不可欠であり、非常に重要です。
いかにして短い言葉でインパクトを残すことが出来るか、ということです。尚、川柳や短歌にはない「季語」を勉強することによって言葉の
引出しは確実に堅実に増えます。感受性も高めます。
また「森」句会とともに進めてまいります。

詳しくはまたホームページをご覧のうえ、お問い合わせください。
「森」MORI
http://morihaikunokai.jp
大森健司
プロフィール

kenjiomori

Author:kenjiomori
俳句結社「森」主宰、大森健司のブログ★受賞多数。
お気軽に覗いて下さい。
お問い合わせは「森」ホームページ にて。

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