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大森健司 2018年8月俳句作品群


夏扇女に夢を貸してやり
ひぐるまや哀しき砂利の音がする
じゆんさいや酢を落としゐる夕ごころ
遠き日の日暮にゐたり白扇
ひまわりや切り絵のごとく夜を覇(は)る
遠泳や鳥は記憶をなくしたり

大森健司 「森」俳句会

2018年8月「森」中央支部より


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2018年7月句会報

句会報告一部を紹介します。

兼題 : 蝿、日傘、ソーダ水
白日傘息を殺してすれ違ふ
大森健司
第二幕日傘の人のあらはれぬ
菅城昌三
青梅雨や貌のない絵に囲まれて
西川輝美
湖暮れて赤から青へソーダ水
速水房男
ソーダ水はじけあの日の渚へと
河本かおり
文春に小蝿一匹滲(にじ)みたる
武田誠
改札や日傘をさして彼待ちぬ
松浦美菜子
気の抜けたソーダの瓶も暮れるかな
山本孝史
二年坂日傘失くして昼下がり
池上加奈子
腕を這ふ小蝿に五分の息づかひ
白川智子
ビールグラス心変わりの紅拭ひ
前川千枝
夏の雲ヨットの先に泡立ちぬ
臼田はるか
ソーダ水作り笑いを飲み干せり
中谷かける
放たれしひかりの彼方ソーダ水
三谷しのぶ
於母影を日傘の奥に透し見る
村田晃嗣
白日傘女の顔の母出でぬ
柴田春雷

第二幕日傘の人のあらはれぬ
菅城昌三
「森」中央支部特選。
これは「第二幕」で一旦、切れが入っている。
そして、「日傘の人のあらはれぬ」という場面転換を巧みに表現した作品。
「第二幕」という何気ない語をさらりと詠みあげた作者は流石としか言いようがない。
個人的には、私大森健司の好きな作品のひとつでもある溝口健二監督「祇園の姉妹」を思い浮かべた。
山田五十鈴とその姉が日傘をさして、八坂神社に訪れる。
山田五十鈴はワンピースで、姉役の梅村蓉子は着物姿で非常に艶かしい、好きな場面のひとつでもある。
作者の意図は別にあると思われるが、非常に個人的には好きな昌三作品に仕上がっている。

青梅雨や貌のない絵に囲まれて
西川輝美
「森」中央支部秀逸。
マグリットの絵画を彷彿とさせる作品。
青林檎で顔を隠された「人の子」など、一度は目にしたことのある絵画だと思うが、人は隠された向こう側を見たいという衝動がある。
今見えている世界も、実は見えていないのかもしれない。
人の心はわからない。
一見不安な空間に居る作者は本心を探られたくないのか、または自信をなくしているのか、様々な想像をかき立てる作品。
またその措辞に対しての「青梅雨」の季語が絶妙である。
この季語が例えば「長梅雨」では作品は全く魅力を失くしてしまう。
女性ならではの視点でもある。面白い作品。

湖暮れて赤から青へソーダ水
速水房男
「森」中央支部秀逸。
京都のカフェ文化は奥深い。
かつて有名カフェのオーナーであった作者であることを知っていれば尚、この作品の良さが光る。
ここでいう湖は近江を指すが、気持は京都にある、も言っても良い。
外資の参入により様変わりしてゆく一方で、レトロカフェ文化の需要は高く、有名どころで築地、ソワレ、惜しまれつつ閉店したミューズに至ってはいまだに多くのファンが存在する。
赤や青の人工的な色で着色されたソーダ水に心踊らせ、大正浪漫に想いを馳せるのもまた酔狂である。
作者の失いたくない青春性がキラキラと光る作品。

夏の雲ヨットの先に泡立ちぬ
臼田はるか
「森」祇園支部秀逸。
夏の雲が泡立つという素直な措辞に好感が持てる作品。
これがソーダ水になると、当たり前になり、凡句。
ただの描写となるところを、夏の雲を持ってくることで、一気に青春性が広がる。
俳句は背伸びせず、平明な言葉で、素直なこころで素直に気持ちを述べるのが心に残る、良い例である作品。

於母影を日傘の奥に透し見る
村田晃嗣
「森」中央支部特選。
ここでの「於面影」は当て字である。
森鴎外関係の「於母影」とは全く関連ないとの事。
この作品が「面影」であると魅力は半減する。
「於面影」は母親であっても初恋の人でもまた良い。
きっと凛とした女性であろうと、思われる。
似た後ろ姿を見つけて思わずかけより顔を覗きこむという男性特有の心理をうまく捉えている。
そして、やっぱり違うかとがっかりする瞬間の失望が目に浮かび、笑みがこぼれる。
初恋の人は美化されるし、また母親に女性の理想像を重ねるのが男のロマンなのかもしれない。
チャーミングであり、心にぽっかり空いた喪失感が入り混じった、余韻の残る作品、格調もある。

白日傘女の顔の母出でぬ
柴田春雷
「森」祇園支部特選。
女性は母親になる瞬間、女を捨てなければならないのか。
これは永遠に答えの出ない不毛な論題である。
母性と女の両立は男性にとっては理想でも、女性にとってはそうではないこともあるらしい。
否定するほどにかえって色気が匂う作品である。
女の顔した母親に否定的なスタンスをとる作者の寂しさがわずかに垣間見えるのも良い。

十七文字に詰め込みすぎると焦点がぼやけてくる。
それを如何に客観視して相手に知らせるか、否か。
詠み手に如何に想像させるか、写生をすることで気持ちを昇華させるのである。

「森」俳句会は近日、会員も増え、さらに充実した句会となっている。
近い将来「森」東京支部を開設する予定である。

俳句は言葉足らずでも、饒舌すぎてもいけない。
これは各企業のセミナーでも話していることであるが、99の流れる言葉より、「1の核心」を突いたひと言の方が、相手の心に残る。
話が上手ではない経営者の方々、不得手な経営者の方々もいらっしゃるが、ポイントはたったひとつでいい。
相手の心に突き刺さる言葉があればいいのである。
それは決して多く饒舌ではいけない。
あとはそのひとつの言葉を引き立てるある意味、陰や褻の言葉で良いのである。
多くを語る者は多くを失う。
それは詩歌のすべて。
又、俳句の世界でも同じである。


追記
現在は企業のセミナーやコンサルティングもいくつか行なっております。
言葉の力というものは不可欠であり、非常に重要です。
いかにして短い言葉でインパクトを残すことが出来るか、ということです。尚、川柳や短歌にはない「季語」を勉強することによって言葉の
引出しは確実に堅実に増えます。感受性も高めます。
また「森」句会とともに進めてまいります。

詳しくはまたホームページをご覧のうえ、お問い合わせください。
「森」MORI
http://morihaikunokai.jp
大森健司

2018年6月句会報

句会報告一部を紹介します。
兼題 : 蓮、泉、梅雨

白蓮やわが息と知りしづかにす
大森健司
ひとごとのやうに梅雨来て電話鳴る
菅城昌三
六月や手にのるだけの贈り物
西川輝美
蓮の葉に乗りてこの世の果てにをり
速水房男
喉ならす龍のこゑきく泉かな
河本かおり
蓮の葉のゆりかご揺らす朝日かな
武田誠
青田なる傘から去年(こぞ)の蛙降る
松浦美菜子
株主の怒号響きてついりかな
山本孝史
投石やトレビの泉に思い消ゆ
池上加奈子
露地ぬけて踏み石濡らす梅雨入(ついり)かな
白川智子
あの頃の思い出さがす金魚草
前川千枝
猫眠る椅子にさみだれ近くして
臼田はるか
缶麦酒ケチりて靴を捨てにけり
中谷かける
日々草植えて本日善き日なり
上田苑江
胸の内明かすものかと冷奴

子宮(ウテルス)やをんなに七つ泉あり
三谷しのぶ
白蓮や天に召される音ひとつ
柴田春雷

ひとごとのやうに梅雨来て電話鳴る
菅城昌三
「森」中央支部特選。
まず、「ひとごとのやうに梅雨来て」という措辞が巧みである。
ここでいう「ひとごとのやうに」は、季語である「梅雨」にも「電話」にもかかっている。
そして、下五で「電話鳴る」という具象的な日常を詠んだところに作者の俳句的素養を感じさせる作品。
「電話鳴る」という措辞を持ってきたことによって、突然聴覚を刺激するところも非常に良い。

六月や手にのるだけの贈り物
西川輝美
「森」中央支部特選。
これは季語の「六月」が一見、大雑把であるようで非常に効いている。
例えばこれが、
十月や手にのるだけの贈り物
となれば、これはこれで通用するのであるが俳句的になりすぎて、面白味に欠ける。
六月という季語が絶妙である。
又、「手にのるだけの贈り物」という措辞が大変、輝美らしく好感が持てる。
言葉が平明で処女性がある。
良い意味でチマッとした作品は愛おしい。
個人的に今月の中で一番好きな作品。
六月の例句の好きな作品としてひとつ挙げる。
六月の女すわれる荒筵(あらむしろ) 石田波郷

喉ならす龍のこゑきく泉かな
河本かおり
「森」中央支部特選。
これは兼題の「泉」の中でも非常にダイナミックな作品。
勿論、「喉ならす龍のこゑ」というのは想像の虚像の世界であるが、それが良い。
もし作者が、実際に龍の口から泉が出ている情景を、詠んだとしたら凡句、駄句である。
この作品は、作者独自の感性が鋭く光っている。

株主の怒号響きてついりかな
山本孝史
「森」祇園支部特選。
ついりとは、勿論、梅雨入りの意である。
6月の日本の風物詩と言える株主総会の情景が色々な音の表現により鮮明に浮かび上がる。
ヒートアップした空気をクールダウンさせるついりの転換が見事。
口は災いの元とよく言ったものだが、自然賛美の力で己の奢りを反省し、謙虚さを取り戻す、まさに男の生き様が現れているような作品。

日々草植えて本日善き日なり
上田苑江
「森」中央支部特選。
この句は、私大森健司以外句会では誰も並選にも採っていない。
しかし、この言い切り、切れ字は使っていないが「切れ」こそが俳句の本質である。
静かな日常を詠みあげながらも、そこには生活の断定がある。
それは季語の「日々草」からも読み取れる。
日々草とは決して派手な花ではない。
しかし、日々草を植えて「本日善き日なり」と言い切るところに作者の人間力としての豊かさ、大きさを感じるのである。

胸の内明かすものかと冷奴

「森」名古屋支部特選。
これは、作者の思いと季語の「冷奴」がしっかりとリンクしている。
胸の内を明かすものか、という思いは男女共にあるが、季語に「冷奴」を持ってきたことによって男性的な視点俳句だと分かる。
また「冷奴」によって作品そのものがしまっている。
男性ならではの意地と追想を感じさせる作品。
女性なら「冷奴」は、こういった創り方になる。
冷奴寄りそふことをおそれつつ 西川輝美
俳句は微妙な季語の付け方や措辞によって、人間性が露わに見えてくる。
そこが面白味でもある。

子宮(ウテルス)や女に七つ泉あり
三谷しのぶ
「森」中央支部特選。
子宮をウテルスと詠んだ句は始めてである。
また、「女に七つ泉あり」という措辞が色々な解釈を詠み手に広げる。
七つというと、まず想像するのはキリスト教、カトリックの七つの大罪である。
七つの大罪に関しては様々な解釈が現在もあるが、高慢・物欲・嫉妬・憤怒・色欲・貧食・怠惰の七つである。
作者がこの七つの大罪から「七つの泉」としたか、どうかは定かではない。
全く別の「七つ」であっても良い。
そこは詠み手の解釈による。
どちらにせよ感性が鋭く、「泉」の使い方がこれまでの例を見ない作品であることは違いない。

白蓮や天に召される音ひとつ
柴田春雷
「森」祇園支部特選。
あえてルビはふってないが、私の以下の作品と同じで、白蓮は(びゃくれん)と読む。
白蓮やわが息と知りしづかにす
この作品からは輪廻転生の仏教観を感じる。
また「天に召される音ひとつ」が絶妙。
蓮が開花する時にはポンと音が鳴る、この真偽は分からないとされている。
天に召されたのが、一体何であるかは全く詠まれていないが、それがかえって俳句の本質である省略の文芸の基本であり、広がりと余韻を持たせている。
昌三の
電話鳴る、と同じく 「音ひとつ」の下五の表現の転換が見事。
当然、特選に値する作品。

十七文字に詰め込みすぎると焦点がぼやけてくる。
それを如何に客観視して相手に知らせるか、否か。
詠み手に如何に想像させるか、写生をすることで気持ちを昇華させるのである。

「森」俳句会は近日、会員も増え、さらに充実した句会となっている。
近い将来「森」東京支部を開設する予定である。

俳句は言葉足らずでも、饒舌すぎてもいけない。
これは各企業のセミナーでも話していることであるが、99の流れる言葉より、「1の核心」を突いたひと言の方が、相手の心に残る。
話が上手ではない経営者の方々、不得手な経営者の方々もいらっしゃるが、ポイントはたったひとつでいい。
相手の心に突き刺さる言葉があればいいのである。
それは決して多く饒舌ではいけない。
あとはそのひとつの言葉を引き立てるある意味、陰や褻の言葉で良いのである。
多くを語る者は多くを失う。
それは詩歌のすべて。
又、俳句の世界でも同じである。


追記
現在は企業のセミナーやコンサルティングもいくつか行なっております。
言葉の力というものは不可欠であり、非常に重要です。
いかにして短い言葉でインパクトを残すことが出来るか、ということです。尚、川柳や短歌にはない「季語」を勉強することによって言葉の
引出しは確実に堅実に増えます。感受性も高めます。
また「森」句会とともに進めてまいります。

詳しくはまたホームページをご覧のうえ、お問い合わせください。
「森」MORI
http://morihaikunokai.jp
大森健司

2018年5月句会報

句会報の一部を紹介します。

兼題 : 陽炎(かげろふ)、虹、リラ

竹の子やをとこは月を彷徨す
大森健司
相席やお日柄もよくかぎろへり
菅城昌三
かげろふや何かを捨ててひとつ得る
西川輝美
山吹の袈裟通り過ぐ遊糸かな
速水房男
陽炎や過去から母が追ってくる
河本かおり
初夏のがらりと変はるリトマス紙
武田誠
椅子ふたつこころに架かる虹の橋
松浦美菜子
リラ冷えや女の胸に翳(かげ)りあり
山本孝史
短夜の夜明けに満たぬ心かな
池上加奈子
雲幾つ山は静かに陽炎へり
白川智子
虹の輪の消えゆるまでに髪を断つ
前川千枝
リラ咲くやふり返るには遠き丘
臼田はるか
酔ひさめて夜のガードのかぎろへり
中谷かける
リラ冷えや鏡の部屋に荷をほどき
上田苑江
聖五月我に囁く女あり

この声も融かしてダリの夏時計
三谷しのぶ
坂道やリラの咲く頃またひとり
柴田春雷

山吹の袈裟通り過ぐ遊糸かな
速水房男
「森」中央支部特選。
ここでいう「遊糸」とは兼題である「陽炎」の意。
「山吹の袈裟通り過ぐ」という措辞が幻想の世界でもあり、虚構の世界でもあり、ありありとした現実の世界でもあり、大変魅力的。
まるで泉鏡花の幽玄の世界観である。
これを見て真っ先に思い浮かぶのが次の一句。
炎天より僧ひとり乗り岐阜羽島 森澄雄
速水房男のここ数ヶ月の特選作品は彼自身の代表作品として並ぶ程に素晴らしい。
早く処女の句集出版を期待するひとり。

酔ひさめて夜のガードのかぎろへり
中谷かける
「森」祇園支部秀逸。
酔いがさめても、さめない目の前の現実社会という二重構造が面白い。
酔いたくても酔えないのかもしれない。
悪夢が続いているようでもある。
一見静かなようで、焦燥感や不安感が詠み手に迫ってくる、動きのある作品。
俯瞰とは違った、傍観者の目にうつる虚構の世界が季語の「陽炎」にある。

虹の輪の消えゆるまでに髪を断つ
前川千枝
「森」祇園支部秀逸。
淡い光を帯びた虹の輪の柔らかさと、髪を断つ固きもの、その間に揺らぐ作者の立ち位置が絶妙である。
消えゆるまでのという、コントラストのはっきりしない刹那的な中に浸っていたいけれども、もうそこにはいられない女性ならではの立ち位置での目線が新鮮に思えたのである。

リラ冷えや鏡の部屋に荷をほどき
上田苑江
「森」中央支部特選。
この句は、何気ない旅行終りの様を非常に明確に鮮明に捉えている。
季語の「リラ冷え」と「鏡の部屋に荷をほどき」という情景の措辞がこの上なく良い。
私大森健司の好きな作品のひとつに江戸川乱歩の『鏡地獄』という短編がある。
まず、それを思い出した。
そして鏡の寒々しい景色を絶妙に転換させる「リラ冷え」の季語。
作者は、確実に人間力を俳句の力に転換してきている。

坂道やリラの咲く頃またひとり
柴田春雷
「森」祇園支部特選。
これは非常にリズムの心地よい作品。
また、「坂道や」が何かと楽ではない状況を想像させるが、季語の「リラの咲く頃」によって不思議と救いをもたらす作品でもある。
アニメのひとコマのようでもある。
大人になると道は複雑になり、一度背負った荷を簡単におろすことはなかなか出来ない。
また「ひとり」とある作者の心は決して暗くない。
むしろ、少し軽くなっているようである。
つまり作者の姿勢は否定ではなく肯定であり、初夏によりそう軽やかでしなやかな句と言える。


十七文字に詰め込みすぎると焦点がぼやけてくる。
それを如何に客観視して相手に知らせるか、否か。
詠み手に如何に想像させるか、写生をすることで気持ちを昇華させるのである。

「森」俳句会は近日、会員も増え、さらに充実した句会となっている。
近い将来「森」東京支部を開設する予定である。

俳句は言葉足らずでも、饒舌すぎてもいけない。
これは各企業のセミナーでも話していることであるが、99の流れる言葉より、「1の核心」を突いたひと言の方が、相手の心に残る。
話が上手ではない経営者の方々、不得手な経営者の方々もいらっしゃるが、ポイントはたったひとつでいい。
相手の心に突き刺さる言葉があればいいのである。
それは決して多く饒舌ではいけない。
あとはそのひとつの言葉を引き立てるある意味、陰や褻の言葉で良いのである。
多くを語る者は多くを失う。
それは詩歌のすべて。
又、俳句の世界でも同じである。


追記
現在は企業のセミナーやコンサルティングもいくつか行なっております。
言葉の力というものは不可欠であり、非常に重要です。
いかにして短い言葉でインパクトを残すことが出来るか、ということです。尚、川柳や短歌にはない「季語」を勉強することによって言葉の
引出しは確実に堅実に増えます。感受性も高めます。
また「森」句会とともに進めてまいります。
詳しくはまたホームページをご覧のうえ、お問い合わせください。

「森」MORI
http://morihaikunokai.jp
大森健司

2018年4月句会報

句会報の一部を紹介します。

兼題 : 永き日、ふらここ、貝 全般(蜆、蛤等)

永き日やことばの砂を平(なら)しゐる
大森健司
品川や春月に荷を抱へくる
菅城昌三
朝方の夢の蒼さや花の冷え
西川輝美
過ぐる後湖(うみ)に色づく蜆舟
速水房男
老ひらくの恋や墓場のつくづくし
河本かおり
夕ぐれてふたりきりなる蜆汁
武田誠
春夕焼けふを瞼に焼き付けて
松浦美菜子
長雨の明かり蜆のひとり言
山本孝史
彼去りて残りし春のマスクかな
池上加奈子
蕨狩りとは名ばかりの昼下がり
白川智子
桜貝のようなマニキュア選びけり
前川千枝
永き日や同じ場面の繰り返し
臼田はるか
ポケットに卒業できない俺がいる
中谷かける
菜の花の尽きて夕日の膨らみぬ
上田苑江
花曇り老ひて子どもに従わず
栗山千教
風渉る知多の青踏むあをさかな
三谷しのぶ
蛤をつつき門出の日を数ふ
村田晃嗣
こでまりや夜の足音忍びつつ
柴田春雷

品川や春月に荷を抱へくる
菅城昌三
「森」中央支部特選。
日本における会社員の一般的な期初は4月1日であり、この日に本格的な春の訪れを実感するのかもしれない。
人事異動や新規事業の開始など昨年度の仕事をリセットし、気持ち新たに出向く。ス-ツを仕立てたり、バックを新調するなど、気持ちの切り替えは、新たな風をもたらす。
「春月」という朧な光景にいそいそと荷を抱えて駅に降り立つ作者の姿とのコントラストが良い。
ここで言う「荷」とは、サラリーマンのバックであっても良いし、サラリーマンの責務であっても良い。
東京の乗り換え駅の象徴である「品川」の固有名詞がさりげなく効いている佳吟。

過ぐる後湖(うみ)に色づく蜆舟
速水房雄
「森」中央支部特選。
これは季語である「蜆舟」の描写の仕方が絶妙。
近江(淡海)を長年詠みつづけた作者ならでは、の集大成作品。
さっと通り過ぎる意の一過とは違い、「過ぐる後」という、なんともゆったりとした時間の流れがこの句に絶妙な間(ま)と叙情性を持たせている。
時が満ちるまで気長に待つ心の余裕が感じられ、これは人が皆辿り着きたい境地なのかもしれない。
墨絵のようなモノト-ンの湖に絵の具を一滴垂らしたような作品。
今月の全ての作品の中で最も素晴らしい作品である。見事の一言に尽きる。

ポケットに卒業できない俺がいる
中谷かける
「森」祇園支部秀逸。
人々が浮き足立つ春に一人取り残された疎外感。
けれども決して否定ではなく、むしろ肯定の世界観が、男性なら誰もが持っていたい部分なのだと共感出来る作品。
上五の「ポケットに」が成功の鍵である。
男性独特の青春性があり、作者らしいどこか詩的なイメージを創りあげている。

菜の花の尽きて夕日の膨らみぬ
上田苑江
「森」中央支部秀逸。
この句は、「尽きて」で一旦、「切れ」ている。
さりげない作品であるが、鋭い観察力の中にも温かみのある作者の佇まいを思わせる。
菜の花の黄と、夕日の赤との色のコントラストが良い。
また「尽きて」と「膨らみぬ」という「陰と陽」のバランスも良い佳吟。
生命の循環、死生観という世界観が根底に存在している。

風渉る知多の青踏むあをさかな
三谷しのぶ
「森」中央支部特選。
今回も作者らしいダイナミックであり、スケ-ルの大きな作品。
夏草のびっしりと生える光景になる手前、瑞々しくしげる春の草を、風がそよそよと吹き渡る情景が見事に復元されている。
映像の復元も見事。
又「青踏むあをさかな」のリフレインが躍動感を生み出し、春を全身で受け止めている歓びが感じられる。
渡るを渉ると表記することで、大地を掴むような逞しさと生命賛美、自然賛美が感じられる作品に仕上がっている。

蛤をつつき門出の日を数ふ
村田晃嗣
「森」中央支部秀逸。
兼題の貝全般の中から、「蛤」を選択し、実に晴れ晴れしい作品に仕上がった秀吟。
二枚の殻がぴたりと重なる縁起物の蛤をつついている光景が少し滑稽で、時間を持て余しているのか、または初々しい門出を迎える新郎新婦が作者の目に眩しく映るのか、様々な想像が膨らむ。
春の歓びを新たな捉え方で作句した、他に類を見ないウィットに富んだ作品といえる。見事。

こでまりや夜の足音忍びつつ
「森」祇園支部秀逸。
柴田春雷
「こでまり」という春の可憐な様を表現するのに「夜」が良く効いた作品である。
夜が少しずつ訪れる春の日永をうまく捉え、且つ「忍びつつ」という措辞が不穏な空気をもたらしている。
どこか不安定さが感じられ、不気味な一面をも持ち合わせる女性特有の視点で面白い。
又、「夜の足音忍びつつ」という措辞によって、「こでまり」の白の色彩感も浮かび上がってくる。
これが「忍びをり」「忍びたり」という俳句の世界独特の言い回しだと魅力は半減する。


十七文字に詰め込みすぎると焦点がぼやけてくる。
それを如何に客観視して相手に知らせるか、否か。
詠み手に如何に想像させるか、写生をすることで気持ちを昇華させるのである

「森」俳句会は近日、会員も増え、さらに充実した句会となっている。
近い将来「森」東京支部を開設する予定である。

俳句は言葉足らずでも、饒舌すぎてもいけない。
これは各企業のセミナーでも話していることであるが、99の流れる言葉より、「1の核心」を突いたひと言の方が、相手の心に残る。
話が上手ではない経営者の方々、不得手な経営者の方々もいらっしゃるが、ポイントはたったひとつでいい。
相手の心に突き刺さる言葉があればいいのである。
それは決して多く饒舌ではいけない。
あとはそのひとつの言葉を引き立てるある意味、陰や褻の言葉で良いのである。
多くを語る者は多くを失う。
それは詩歌のすべて。
又、俳句の世界でも同じである


追記
現在は企業のセミナーやコンサルティングもいくつか行なっております。
言葉の力というものは不可欠であり、非常に重要です。
いかにして短い言葉でインパクトを残すことが出来るか、ということです。尚、川柳や短歌にはない「季語」を勉強することによって言葉の
引出しは確実に堅実に増えます。感受性も高めます。
また「森」句会とともに進めてまいります。
詳しくはまたホームページをご覧のうえ、お問い合わせください。

「森」MORI
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大森健司
プロフィール

kenjiomori

Author:kenjiomori
俳句結社「森」主宰、大森健司のブログ★受賞多数。
お気軽に覗いて下さい。
お問い合わせは「森」ホームページ にて。

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