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2018年10月句会報

句会報告一部を紹介します。

兼題 : 野分、秋刀魚、虫全般

ー梶田紘子氏へー
天高しまだ柩こぬ空(くう)があり
大森健司
紫苑咲き新しき人目覚めをり
菅城昌三
月涼し午前零時の横顔に
西川輝美
葬送のあとからあとへ野分雲
速水房男
いちにちを余して秋刀魚焼きにけり
武田誠
帰り道月あかりでは頼りなし
松浦美菜子
去り際の蟋蟀やがて鳴きやむる
山本孝史
鈴虫や忘れるほどの友もなし
池上加奈子
夕野分ライン受信の音のして
白川智子
チンチロリンその唇を奪はれて
前川千枝
色鳥や陽の射す窓に聖書閉づ
臼田はるか
秋刀魚買ふ黄昏の町愛しをり
中谷かける
論破せし肩にも秋のとまりをり
三谷しのぶ
秋刀魚焼く丸い背中の尊さや
村田晃嗣
香水の香を持ち帰る夜の野分
柴田春雷

2018年9月9日未明、梶田紘子氏が逝去された。
癌を患い、一度は克服されたのが、再発、長きに渡る闘病生活を経て逝去された。
梶田紘子氏とのことはここでは書ききれない程の歴史がある。
私、大森健司の祖母の代より大森家に携わってくださり、私自身も紘子氏と出逢ってから35年以上になる。
我ら句会の節目節目にはかならず彼女の存在がある。
皆弟子にとっては母の様な存在であった。
長きに渡る闘病生活にも決して挫けず、亡くなる一週間前まで電話口で高らかに笑われて、明るい言葉を発していた姿には敬意を表したい。
紘子さん、安らかにお眠りくださいませ。

梶田紘子氏へ捧ぐ二句
天高しまだ柩こぬ空(くう)があり
夕星や秋刀魚の煙見上げをり

俳句結社「森」代表 大森健司

紫苑咲き新しき人目覚めをり
菅城昌三
「森」中央支部特選。
紘子氏は特に紫の花を愛でられ、昌三の紘子氏に対する愛を存分に感じられる作品。
キク科の紫苑はイメージ的にか、寂しい例句が多い中、プラスへの転換が見事である。
花言葉は「貴方を忘れない」。
紘子氏が亡くなってもまたきっと輪廻転生で出逢うであろうという想い、俳句の意思は引き継ぐという力強いメッセージともとれる。
紘子氏を母の様にあらゆる局面で相談し、慕っていた昌三の、悲しみを乗り越え前向きな姿を頼もしく感じる。
ははのかげ壁にちひさき夜の紫苑 大野林火

葬送のあとからあとへ野分雲
速水房男
「森」中央支部秀逸。
作者らしい挨拶句である。
故人が明るい人柄であったゆえ、感傷に浸らず、さらっと見送る感じが湿っぽくならなくて良い。
ダンディズムの精神がそこに垣間見える。
また「あとからあとへ」という措辞が良い。
じっくり噛みしめる程に魅力のある作品。

チンチロリンその唇を奪はれて
前川千枝
「森」祇園支部特選。
女性はともかく話すのが好きな生き物であり、そこがまた良さでもある。
ある男性が、「まずは30分話を聞くこと。すると女性は不思議とすっきりして穏やかになる」これが男女の上手く行く秘訣という面白い話をされていた。
チンチロリンとは松虫のことである。
童謡にもあるが、秋に鳴く虫の中でもとりわけその音色は美しい。
虫の奏でる声に耳を澄ませ、話を中断するさまを、「唇を奪はれて」と表現し、転換したことで色気のある作品に仕上がっている。

色鳥や陽の射す窓に聖書閉づ
臼田はるか
「森」祇園支部秀逸。
「鳥渡る」という季語を私が「色鳥や」に添削している。
色彩豊かな秋に相応しい作品。
陽の射す窓に来る「色鳥」を季語に持ってきたことで、女性らしい柔らかさや丸みを帯びた一句となった。
聖書を閉じる手にも秋の陽射しが注ぎ込んでいるだろうし、秋らしい空の高さも感じられる。
「聖書閉づ」という行為は、昔の思い出であっても良い。

秋刀魚焼く丸き背中の尊さや
村田晃嗣
「森」中央支部特選。
この句の中で目を引くワードは「丸き背中」であり、氏の目上の人を敬う姿勢が集約されている。
「尊さや」と言い切ったことで切れが生まれ、人間性の深みを感じさせる作品。
近頃ではぺーパーグリルでも簡単に美味しく魚を焼けるようになったが、やはり秋刀魚は熟練の技と感をもって焼かれたものをいただきたいし、食の秋の醍醐味を堪能出来るのではないかと思う。
殺生をするからには、生き物への感謝を、目上の者へは敬意を、儒教思想であるこの概念は俳句の世界に於いて大切なものであることを今一度噛み締めていただきたい。
作者の 言葉は平明に、思いは深く のスタンスは何ら変わっていない。

香水の香を持ち帰る夜の野分
柴田春雷
「森」祇園支部特選。
なんとも色気のある作品。
「野分」とは台風とは少しばかり異なる。
風だけがやはら強く吹きすさぶ姿を「野分」、雨を伴うのが現代の「台風」である。
それも踏まえてこの作品は、季語の「夜の野分」が絶妙である。
これが「野分かな」となると一気に駄作になる。
これが十七文字の俳句の世界の怖いところでもあり、魅力でもある。
「香水」は夏の季語であるが、ここでの季重なりは特に問題ない。
香水と言えば、
香水を夜に落とせし堕落論 菅城昌三
の昌三の代表作品が真っ先に思い浮かぶ。
「香を持ち帰る」と「夜の野分」の対比が素晴らしく、女性の少しばかりの秘密性、闇も感じられる作品に仕上がっている。

十七文字に詰め込みすぎると焦点がぼやけてくる。
それを如何に客観視して相手に知らせるか、否か。
詠み手に如何に想像させるか、写生をすることで気持ちを昇華させるのである。

「森」俳句会は近日、会員も増え、さらに充実した句会となっている。
近い将来「森」東京支部を開設する予定である。

俳句は言葉足らずでも、饒舌すぎてもいけない。
これは各企業のセミナーでも話していることであるが、99の流れる言葉より、「1の核心」を突いたひと言の方が、相手の心に残る。
話が上手ではない経営者の方々、不得手な経営者の方々もいらっしゃるが、ポイントはたったひとつでいい。
相手の心に突き刺さる言葉があればいいのである。
それは決して多く饒舌ではいけない。
あとはそのひとつの言葉を引き立てるある意味、陰や褻の言葉で良いのである。
多くを語る者は多くを失う。
それは詩歌のすべて。
又、俳句の世界でも同じである。


追記
現在は企業のセミナーやコンサルティングもいくつか行なっております。
言葉の力というものは不可欠であり、非常に重要です。
いかにして短い言葉でインパクトを残すことが出来るか、ということです。尚、川柳や短歌にはない「季語」を勉強することによって言葉の
引出しは確実に堅実に増えます。感受性も高めます。
また「森」句会とともに進めてまいります。

詳しくはまたホームページをご覧のうえ、お問い合わせください。
「森」MORI
http://morihaikunokai.jp
大森健司
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2018年10月14日 京都市上京区藤袴吟行

今年も「森」俳句会 祇園支部にて、
10月14日(日曜日)に藤袴吟行に行って参りました。
相次ぐ台風の影響で気圧変化や寒暖差のせいか、体調を崩された方が多く、当初大原野散策を予定していたのを断念致しました。
京都市上京区でスタンプラリー開催とあって、直前の呼びかけにもかかわらず多くのご参加となりました。
吟行句会作品の一部を紹介します。

席題: 藤袴(秋)
藤袴かなしきときは風遊ぶ 大森健司

藤袴ミサを遠くに咲きにけり 菅城昌三
宮中の夕焼け紅し藤袴 菅城昌三

立ち止まりまた通り過ぐ藤袴 武田誠

藤袴今日に足跡残しけり 中谷かける

見下ろせばふと藤袴そよぎけり 前川千枝

うららかや花道続く藤袴 白川智子

風たちてからだ痩せゆく藤袴 臼田はるか

色褪せた笑顔の奥に藤袴 柴田春雷(不在出句)

2018年9月/10月大森健司俳句作品群

ゆうだちや女羽衣脱ぎ棄てぬ
いたづらに女ちぎりし雨月かな
抜け襟や香の香もれし十三夜
ひりひりとヨセフと暮らす無月かな
銀漢や何時迄草の濡れてをり
かなかなの昏れてこれより絵空事

 梶田紘子氏へ二句
天高しまだ柩こぬ空(くう)があり
夕星(ゆうづつ)や秋刀魚の煙見上げをり
木犀やをんなが部屋に荷を残す
ちちろ鳴く妻よりながき日なりけり



「森」俳句会中央支部 9月/10月句会より
大森健司

京都市国際交流センター 講演「俳句を楽しむ」第2回

俳句を楽しむー京都の四季と俳句ー
京都市国際文化協会からのお声掛けで開催しました。
第2回は、二十四節気の中でもとりわけ、【白露】から【寒露】までの二十四節気の移り変りを、例句を用いながら解説させていただきました。
異常気象で秋の心地よい日が一瞬しかない昨今なだけに、季語を知ることで、秋の入り口を早朝に感じたり、秋晴れの澄んだ空の美しさを改めて感動するなど、短いSPANで刻々と移り変わる【京都の秋】に関心を寄せていただけたらと思います。
俳句を作句する上で一番混乱しがちなのが旧仮名遣いと現仮名遣い、そして文語と口語の組み合わせです。
分かりやすく例句を用いてその組み合わせを説明させていただきました。
俳句に於いて最も真理眼が問われるのが【選句】です。
前期で、
①映像の復元②リズムの良さ③自己投影
の3点と講義しまして、軽くおさらいをした後、ご参加の皆様の実作品を各自選句していただいたのですが、驚くべき吸収力と言いましょうか、誰もが良い作句と選句をされたのには大変感激しました。
実りの秋、皆様の心が豊かでありますこと、心より祈願致します。

2018年9月23日 京都市国際交流センターKICA
俳句を楽しむー京都の四季と俳句ー 大森健司
にて
(以下 添削含む)
◉天賞
奔流を泰然として月がゆく わこ
◉地賞
いざよひや一人息子の便りなし ひろこ
◉人賞
坪庭に静かな雨や秋立ちぬ 初衣
佳作
満月や今宵は雲を友として
月あかり無灯の帰路も心地よし
澄む風に心吸はれて案山子です
虫の音に心おどらす若さかな
秋高し犬に連れられ人集ふ



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2018年9月句会報

句会報告一部を紹介します。

兼題 : 月全般、かなかな(蜩)、吾亦紅

ゆうだちや女羽衣脱ぎ棄てぬ
大森健司
秋の蚊に背中刺されて引越しぬ
菅城昌三
吾亦紅一方通行かもしれず
西川輝美
名の月に車椅子押し帰りけり
速水房男
夜泣き子と行きつ戻りつ月の道
河本かおり
長生きを零(こぼ)し過ぎゆく母の夏
上田苑江
薄くなるこころに秋の風が吹く
武田誠
吾亦紅言ひたきことは穂のなかに
松浦美菜子
煌々と名月青き今宵なり
山本孝史
満月に窓の硝子をきよめたる
池上加奈子
名月や小さきわが家待つてをり
白川智子
しなやかに無月のすすきそよぎけり
前川千枝
満月や無慈悲な夜が待っている
臼田はるか
名月の静かな海の底にいる
中谷かける
放たれし精子烟(けぶ)りて銀河かな
三谷しのぶ
名月や湯の香にかすむ山の奥
村田晃嗣
寂しさやくらげ飲み屋の戸をたたく
柴田春雷

秋の蚊に背中刺されて引越しぬ
菅城昌三
「森」中央支部特選。
この作品には、川柳にある「穿ち(うがち)」、ユーモア、そして滑稽が溢れている。
また昌三の大きく丸まった背中を知っている私にとっては非常に愉快さが増す作品である。
秋の蚊は、夏を超えてその姿は弱々しいが、子孫繁栄の為の執念は凄まじい。
作者は大きななりで及び腰なのである。
その秋の蚊に背中、つまり届かない部位を刺されて引っ越すという行為そのものが非常に面白味のある作品。
因みに参考までに、椎名誠の「蚊」という短編小説があるが、この男性は6畳一間で命をかけて蚊と格闘するという話であるが、昌三は全く逆の創り方をしているように感じる。

名の月に車椅子押し帰りけり
速水房男
「森」中央支部秀逸。
「名の月」とは勿論、名月の別名。
月の人のひとりとならむ車椅子 角川源義
源義先生の番頭で右腕でもあった吉田鴻司氏と句座を囲んでいた作者がこの名句を知らない筈はない。
作者が押していた車椅子は亡き父かもしれない。
現実的に考えると介護の仕事をしている患者かもしれない。
しかし名月に照らされて車椅子を押す、という映像の復元はやはり美しい。
決して辛い状況ではなく、ロマンティックで美しい映像である。

長生きを零し過ぎゆく母の夏
上田苑江
「森」中央支部特選。
零しているのは母なのか、自身なのかはわからないが、母となり、子育てを経て、自身の生き方をしっかり見つめているしなやかな女性らしさが実に心地の良い作品。
ギラついた夏の陽射しが「長生きを零し過ぎゆく」という措辞に対して、少しの寂寥感も持たせている。
一見静かに季節が過ぎゆくようでありながら、とても力強い作品。
文句なしの特選であった。

吾亦紅言ひたきことは穂のなかに
松浦美菜子
「森」祇園支部秀逸。
吾亦紅のイメージを良く捉えた作品。
言わぬが花という言葉があり、女性らしい視点と言える。
思ったことをすぐに口に出すと、時として人を傷つけたり、場の空気を悪くすることがある。
自身の中でよく熟成し、発する言葉には重みがある。
是非この感覚を俳句の境地に活かし続けていただきたい。

放たれし精子烟りて銀河かな
三谷しのぶ
「森」祇園支部特選。
この作品の映像の復元は、海外の抽象画に置き換えてした方が良い。
成功は精子が「烟る(けぶる)」というところにある。
作者のダイナミックかつ大胆な、そして生々しくも美しい世界観がそこに存在する。
これは、私 大森健司のこの作品への相聞歌とも言える。
母胎よりあまたの星の流れけり 大森健司
作者はこの作品をギリシャ神話をモチーフとした画家クリムトの「ダナエ」ようであると表現している。
女性は何故か、クリムト好きな人が多い。
「ダナエ」を未見の方は是非観て頂きたい。
受胎は女性にとって喜びであり、絵画の中の女性の顔は幸せに満ち溢れている。
またこの絵の中での、両足から流れる黄金の雨はゼウスの象徴なのである。
この「放たれし精子烟りて銀河かな」も又同じ世界観である。
性別を超越して宇宙世界、精神世界へと迷い込んでいく作品であることは確か、である。

名月や湯の香にかすむ山の奥
村田晃嗣
「森」中央支部特選。
この作品は一言で言ってしまえば、解することをもちいない。
遠近法を用いた奥行きのある作品。
山の上に昇る名月と、名月のさらに奥にある山とでは俄然後者の方が雄大な自然を感じられ、作者の視野の広さが現れた自己投影と言える。
誰でも素直に鑑賞される作品。
「名月」の季語の重さがどっしりと姿を構えている。
また「湯の香にかすむ」という措辞も何気ないようで逆に効いている。
これによって、煌々と光る月の美しさが際立ち、コントラストが良い。
これは世界各地を巡る作者の日本のとある地方での挨拶句であると思われる。
なんとも風情、情緒があって良いではないか。
言葉は平明で、思いは深く を芯に捉えている作品と言える。

寂しさやくらげ飲み屋の戸をたたく
柴田春雷
「森」祇園支部特選。
飲みに行くのは癖のもので、一度出だすとまた次の日も行きたくなるのが人間の性(さが)である。
つい足がそちらを向くというのは最近の草食系と言われるタイプとは違う人種なのであろう。
「くらげ」という軟体動物が硬き扉を叩くと述べる行為そのものに滑稽味がある。
一種のユーモアと寂寥感を帯びた作品。
埋まらない寂しさを転換した例句にない新たな視点の作品である。

十七文字に詰め込みすぎると焦点がぼやけてくる。
それを如何に客観視して相手に知らせるか、否か。
詠み手に如何に想像させるか、写生をすることで気持ちを昇華させるのである。

「森」俳句会は近日、会員も増え、さらに充実した句会となっている。
近い将来「森」東京支部を開設する予定である。

俳句は言葉足らずでも、饒舌すぎてもいけない。
これは各企業のセミナーでも話していることであるが、99の流れる言葉より、「1の核心」を突いたひと言の方が、相手の心に残る。
話が上手ではない経営者の方々、不得手な経営者の方々もいらっしゃるが、ポイントはたったひとつでいい。
相手の心に突き刺さる言葉があればいいのである。
それは決して多く饒舌ではいけない。
あとはそのひとつの言葉を引き立てるある意味、陰や褻の言葉で良いのである。
多くを語る者は多くを失う。
それは詩歌のすべて。
又、俳句の世界でも同じである。


追記
現在は企業のセミナーやコンサルティングもいくつか行なっております。
言葉の力というものは不可欠であり、非常に重要です。
いかにして短い言葉でインパクトを残すことが出来るか、ということです。尚、川柳や短歌にはない「季語」を勉強することによって言葉の
引出しは確実に堅実に増えます。感受性も高めます。
また「森」句会とともに進めてまいります。

詳しくはまたホームページをご覧のうえ、お問い合わせください。
「森」MORI
http://morihaikunokai.jp
大森健司
プロフィール

kenjiomori

Author:kenjiomori
俳句結社「森」主宰、大森健司のブログ★受賞多数。
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お問い合わせは「森」ホームページ にて。

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