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笑者でありたい

俳句結社「森」もあと半月で設立して一年になる。

伝えたいことを俳句という日本文化を通して「森」で京都から世界中に発信していきたい。

◆感受性を豊かにすること
◆日本の言葉の美しさと機微を知ること
◆人格、知性、品性を身につける
◆視野を広げること
◆自分の好きなことを精一杯やること
◆どんなときも明るい発言、明るい気、明るい笑顔を放つこと
◆何事にも好奇心を持つこと
◆自分しか見えない風景を見ること
◆自分自身、他人に絶えず感謝すること
◆人の幸せを願うこと
◆あるがままの自分でいる
◆何事も当たり前と思わない
◆ただ生きていることに感謝すること

俳句は俳句の技術を上達させるためだけにするものではない。
それでは人は何も感動しない。
たった17文字の中に自分の人生を瞬間に詰め込む作業である。
全ての芸術、スポーツ、仕事がそうである。
行き着く場所は同じなのだ。手段が違うだけ。
僕はこれまで数々の賞を受賞してきた。
しかし、それも全て過去。
現実を生きること、今の瞬間が全てである。
目的は、今を楽しく生きること、そのもの、に過ぎない。
どんなに苦しくても笑って乗り越えて、次の子ども達が産まれきて本当に良かった!と思えるような、
そんな日本を僕は創ってゆく覚悟でいる。
世界中に憧れられる日本。
みんなが心から感謝できる地球。
感謝です。
勝者でなく、笑者でありたい。

大森健司


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本来の初心

初心忘るべからず、
これは誰もが聞いたことのある言葉。
しかしその解釈は、「はじめて物事をはじめたときの感動や気持ちを忘れないこと」とされがちである。
これにはもっと深い意味がある。
まず初心には三つの初心がある。第一の初心第二の初心第三の初心、である。

第一の初心は、
ぜひ初心忘るべからず

これは世阿弥が能として天才であり、世間一般でライバルなしと騒がれた時に冷静に、
生涯初心を忘れてはいけないと言ったものだ。

第二の初心は、
時々の初心忘るべからず

天才と言われた世阿弥は更に中国から日本に新しい文化を能に取り入れ、ますます大衆を魅力した。
まさに世阿弥絶世の時代の言葉である。

第三の初心は、
老後の初心忘るべからず

これは全ての能の世界を極めた世阿弥が年齢を重ねることによって手足が思うように動かなかくなった時。
いかにして老体でそれを表現するか、試行錯誤した時のものである。

初心を忘れたら初心に戻る。
初心とは立派なものではないのである。
本来の初心忘るべからず、は非常に深い。
世阿弥の「風姿花伝」には美しい日本人の思想が詰まっている。
機会あれば是非、読んで頂きたい。

大森健司


日本人の機微

知力のある人は、
今の自分にどのくらいの力があって、
どうゆう状況だから、
今なにをすればいいのか、
が考えられる。
決して他人のせいにはしない。
全て責任は自分自身にある、と考える。
そうゆう知力、胆力があると冷静に実力をつけていける。
進化のない人にはそれがない。
そして、年を重ねるごとに感受性を豊かにしていかなければならない。=心を豊かにするということである。
日本人特有の機微というものは本当に美しい。
機微というのは、表面だけでは知ることのできない微妙な心の動きや動作である。
俳句は上達するために存在するわけではない。これら身につけてゆくための手段にしか過ぎない。
多くの人がこの日本の四季、言語、文化の美しさを知れば、もっと日本は輝く。


大森健司



プロフィール

kenjiomori

Author:kenjiomori
俳句結社「森」主宰、大森健司のブログ★受賞多数。
お気軽に覗いて下さい。
お問い合わせは「森」ホームページ にて。

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