2015年7月句会報

句会報の一部を紹介します。

風死すや無数のあなた私なる
大森健司

山頭火百物語に遅れ来る
菅城昌三

麻酔覚め白いちまいの夏となり
梶田紘子

黒揚羽本より活字喰みこぼす
西川輝美

夢からの泣いて笑ひてさるすべり
速水房男

結び目のほどけて夏のこぼれけり
西尾ゆう子

まよいなくオホーツクへと夏の道
渡辺新次郎

世をすねてさまよい歩き蛞蝓
森千花

積乱雲いつしか旅す日もあらむ
古田左千夫

噴水やつぎつぎ見える未来あり
中原恵美

しあわせは目に見えないの消ゆる虹
高木憂

熱帯夜魔女がシチューを煮てをりぬ
川本かおり


追伸
4月の下旬に、野村幸男氏が逝去されました。心より御冥福をお祈りいたします。
しばらく、幸男氏の句会は休会とさせて頂きます。

まず、菅城昌三の、

山頭火百物語に遅れ来る

これは賛否両論を覚悟で特選とした。

百物語は歳時記に例句があまりない為、掲載されていない季語でもある。

百物語とは、日本の古来からの怪談会のスタイルであり、怪談を百終えると本物の怪が現れるとされている。

この句のポイントは、山頭火という自由律俳人の固有名詞と、遅れ来る、にある。

この遅れ来る、という言葉が、実に種田山頭火の特徴を見事に捉えている。

虚構の面白さを最大限に引き出している句。

また、

この世から右の素足がはみ出しぬ

敗軍兵晩夏の森を抜けてくる


これらも良い。

とくに、右の素足は技巧が嫌味なく巧みである。

特別な言葉は何も使っていないが平明でリズムも良く、非常に素晴らしい句である。

昌三はこれまで、少し俳句に対してしっかりと対峙していなかったが、現在は本気で俳句と向き合っている。

評価すべき俳人であり、一番弟子でもある。


梶田紘子の、

麻酔覚め白いちまいの夏となり

これは非常に透明感のある一句。

麻酔が覚めて見えた景色は、白のカーテンなのか、シーツなのか、脳内なのはは定かではない。

しかし、想像を膨らませる上に、映像の復元、リズム、自己の投影とすべてが揃った一句。

他にも、

空蝉や氏素姓なき空のあり

朝焼けや閑けさにえり外来棟

朝ぐもり米の泳ぎし粥のいろ


があり、すべてが秀吟。


まよいなくオホーツクへと夏の道
渡辺新次郎

これは非常にダイナミックで素直な一句。

北海道を14日間かけて、車にて3000キロメートル道内を旅行された際の一句である。

句が素直ですーっと入ってくる。

嫌味や技巧が全くない。こういった基本は何年経とうとも、大切にしたい。


河本かおりの、

熱帯夜魔女がシチューを煮てをりぬ

これは現代を表す句ではないかと思わせる。

この季語が、例えば、

雪降るや魔女がシチューを煮てをりぬ

では面白味が全くない。

当たり前で平凡な凡くとなる。

季語が熱帯夜だから面白い。

ある意味、狂気を含んだ句であると感じる。

熱帯夜にシチューを煮る魔女。

感性はときに、狂気が必要なときがある。

指導するたびに、吸収が非常に早いと感じさせる大型新人。


人間は皆、小宇宙を持っている。

皆それぞれにである。

それを作品に具現化しなくてはいけない。

それが魂の叫びとなるのである。

詩ー詠うー訴える。

この原理を忘れてはならない。

中上健次の言う俳句の「座とは感性の斬り合いの場」なのである。

美意識の対立といっても良い。

それぞれが持つ小宇宙をぶつかり合わせることによって、素晴らしい化学変化をうむのである。

俳句はやはり生き方そのものである、ということである。

頭で捏ねくりまわした句や、手垢のついた句、技巧に走りすぎた句には何の感動もない。

感動をうむ一行の詩。

俳句という文化を心から継承していきたい次第である。

最後に今月の僕の作品を掲載する。

風死すや無数のあなた私なる

水貝を噛みてとほくの星に触る

半夏生少女の翅の透けはじむ

草田男忌夏雲文字のごと動く

夕虹や乾いた魚暮れにけり

黄金虫赤い言葉をこぼしけり



大森健司
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Author:kenjiomori
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