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2017年12月句会報

句会報の一部を紹介します。

兼題 : 数へ日、咳(せき、しはぶく)、枯野

わが生や枯野に雲を泳がせし
大森健司
数へ日や煙草をもらひ火をもらひ
菅城昌三
ひきこもる息が不貞寝の蒲団かな
西川輝美
数へ日やふたつの虹を観てをりぬ
速水房男
北窓を塞ぐ寂しさ来ぬよふに
河本かおり
大仏の下にしはぶき落しけり
武田誠
しはぶきや卸金する夜明け前
松浦美菜子
枯野ゆく寄り添ふだけの傘回し
山本孝史
もがくほど跳ねる氷魚の美(は)しきけれ
池上加奈子
シビ鮪頬張るをんな盛りかな
白川智子
北窓を塞ぎて我を封印す
前川千枝
山茶花や過ぎし面影重ねらる
臼田はるか
冬の雲過ぎゆき枕高くせり
中谷翔
咳もまた客のうちなりローカル線
上田苑江
咳込んでおのれの本性悟りけり
栗山千教
冬銀河彼方に汽笛聞こえけり

漲(みなぎ)れる光や知多の大枯野
しのぶ
母逝きて数え日寂し墨をする
村田晃嗣
咳ひとつ隔つ襖の重さかな
柴田春雷

数へ日やふたつの虹を観てをりぬ
速水房男
「森」中央支部秀逸。
これは季語の「数へ日」によって、「ふたつの虹」の意味が幾つにもとれる。
これは実景だと感じる。
私自身も近い日にふたつの虹を観たからである。
しかし、これが実景であっても、虚像であってもその立ち位置は変化しない。
年を終えるに当たって小さな神様からのプレゼントだと思いたい。
心の温まる作品。

北窓を塞ぐ寂しさ来ぬよふに河本かおり
「森」中央支部特選。
この作品の季語は勿論、「北窓を塞ぐ」。
この作品は「北窓を塞ぐ」と「寂しさ」の間で一旦、「切れ」ている。
北窓は本来、寒さ予防の為に塞ぐものだが、それをダイレクトに「寂しさ来ぬよふに」と言い切った感性は見事である。
こういった例句は歳時記にはない。
北窓を塞ぐの例句は以下の通りである。
北窓を塞ぎて今日の午睡かな 永井荷風
北窓をふさぎし鐘のきこえけり 久保田万太郎
絣地の一枚北窓塞ぎ足す 中村草田男
他に、
「人来れば空咳をする老婆かな」があるが、これも非常に面白い。
空咳をし、独り言をぶつぶつ言っている老婆の姿が目に浮かぶようである。
思わず選句しながら、笑ってしまった。
ユーモラスな作品。

咳もまた客のうちなりローカル線
上田苑江
「森」中央支部秀逸。
この作品はあたたかく、躍動感に満ちている。
客も疎らな電車の中で、「咳もまた」という措辞によって、明るくのんびりとした車内の映像が復元できる。
しっかりとした観察に以って生まれた作品。
咳という「陰」の存在を、見事に「陽」に転換した素晴らしい作品。
これはひとえに、作者の心の豊かさ、である。

咳込んでおのれの本性悟りけり
栗山千教
「森」中央支部秀逸。
一見穏やかな作者であるが、別の顔が見えた時に作者の面白さがそこに存在する。
おのれの本性とは、余り知りたくないものである。
「本性悟りけり」に恐怖に似た感情を覚える。
その感情を淡々と受け流しているところに、ひと筋縄では行かない作者の生き様を垣間見ることが出来る。
いつまでも興味が続く作品である。
色々なことを詠み手に連想させる面白い作品である。

漲(みなぎ)れる光や知多の大枯野
しのぶ
「森」名古屋支部特選。
この作品はまず、スケールが大きい。
「知多の大枯野」という「陰・褻」の固有名詞に対して、「陽・晴」である「漲れる光」という措辞をダイナミックに持ってきたことによって、成功をもたらした作品。
「光や」、で一旦「切れ」てをり、そこから場面転換が為されている。
このような大胆な転換をする例句は観たことがない。
素晴らしい、の一言に尽きる。
また、他に同時作に、
ブルースや咳きひとつ夜を融(と)く
紅差せば何かが呼ばる冬鏡

があり、共に秀吟。

母逝きて数え日寂し墨をする
村田晃嗣
個人レッスンにて特選。
村田晃嗣氏には事前に季語集と幾つかの句集をお渡ししただけだが、この処女作品には驚かされた。
年の瀬の慌ただしい中、母を見送った男の背中はピンと伸びている。
悲しみを受け止め、昇華させたのか、それともこらえているのかはわからないが、身を持ち直している姿は凛として美しい。
今年もあとわずかという頃は、なんとなく静かで物悲しくもあるが、墨をすり、己を見つめ直すことで、新年に向けてリセットされている。希望の光が射しているようである。
この作品は、俳句の基本でもある以下の三つが踏まえられている。
①映像の復元
②リズムの良さ
③自己投影
また、同時作に他の作品として、
「そこかしこ咳の花咲く大講堂」「鏡中に年行く顔に眉しかむ」がある。
どちらの句もウィットに富んでいる為か、何故か笑みがこぼれる。
「咳の花咲く」という措辞が、授業に集中しきれない生徒を俯瞰的に見る姿に、ある種の愛情が感じられる作品。
「鏡中に年行く顔に眉しかむ」も非常に面白い作品。どこか諧謔的でもある。
「年行く」という季語も絶妙で良い。
鏡の中に写る男の姿に眉をしかめるという行為は非常にウィットに富んだ作品である。
ウィットは、ウィットーウィズダム(知恵)に由来する。
詩の根源とも言えるこの、ウィットを村田晃嗣氏は既に掴んでいる。
心の豊かさは、俳句の豊かさに比例する。
心の豊かさ、とは観察することによる。
心を豊かに、豊かな俳句を望む。


俳句は思いだけではいけない。
十七文字に詰め込みすぎると焦点がぼやけてくる。
それを如何に客観視して相手に知らせるか、否か。
詠み手に如何に想像させるか、写生をすることで気持ちを昇華させるのである。

「森」俳句会は近日、会員も増え、さらに充実した句会となっている。
近い将来「森」名古屋支部、東京支部も開設する予定である。

俳句は言葉足らずでも、饒舌すぎてもいけない。
これは各企業のセミナーでも話していることであるが、99の流れる言葉より、「1の核心」を突いたひと言の方が、相手の心に残る。
話が上手ではない経営者の方々、不得手な経営者の方々もいらっしゃるが、ポイントはたったひとつでいい。
相手の心に突き刺さる言葉があればいいのである。
それは決して多く饒舌ではいけない。
あとはそのひとつの言葉を引き立てるある意味、陰や褻の言葉で良いのである。
多くを語る者は多くを失う。
それは詩歌のすべて。
又、俳句の世界でも同じである。

追記
現在は企業のセミナーやコンサルティングもいくつか行なっております。
言葉の力というものは不可欠であり、非常に重要です。
いかにして短い言葉でインパクトを残すことが出来るか、ということです。尚、川柳や短歌にはない「季語」を勉強することによって言葉の
引出しは確実に堅実に増えます。感受性も高めます。
また「森」句会とともに進めてまいります。
詳しくはまたホームページをご覧のうえ、お問い合わせください。

「森」MORI
http://morihaikunokai.jp
大森健司
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プロフィール

kenjiomori

Author:kenjiomori
俳句結社「森」主宰、大森健司のブログ★受賞多数。
お気軽に覗いて下さい。
お問い合わせは「森」ホームページ にて。

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