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京都国際文化協会 講演講評(3月23日 京都国際文化会館蹴上にて開催)

京都国際文化協会 講演講評(3月23日 京都国際文化会館蹴上にて開催)

今回、京都国際文化協会講演、「俳句を楽しむ 3」では雪月花の歴史、桜の由来と歴史による桜の捉え方の違い、日本における桜の美意識、そして俳句の核である【文法】を中心に講演を行いました。
その中で「桜」と一概に言っても、俳句の季語の上では「花明かり」「花しぐれ」「花の雨」「花冷え」「花衣」「花筏」など様々な表現があること、おいては日本語の美しさについて例句を挙げて具体的に触れました。
同時に「春の風」と「風光る」の違いなども説明致しました。
また今回のテーマよひとつとして、【漢字、片仮名、ひらがな】によって俳句がどのように変化するのか、これを俳句の三原則のひとつである、【言葉のリズム】と共に詳しく説明させていただきました。
最後の30分で皆さんに実際に作句の簡単なテクニック方法を教示した上で、即興句会を行いました。
皆さん、即座に講義を吸収され、その場で私が添削、解説、選評を行い、大いに盛り上がりを見せた講演に終わりました。
機会を下さった京都国際文化協会の皆様に心より御礼申し上げます。

「俳句を楽しむ 3」ー桜(さくら)と朧(おぼろ)ー 句会報告
大森健司選評(添削含む)
◎特選
目をあけたかえるの背ナに風光る 和子
追伸に余韻のありて花しぐれ ゆうこ
花冷えの池をめぐれる影二つ ちづる

◉秀逸
佐保姫の衣擦れの音風わたる 喜久子
春の月町家の格子あわあわと そのえ
桜花京に女の庭師をり 遊児
おひさまのかけらこぼれてたんぽぽに ゆうこ
紅白の梅青空を奪ひあふ 成り
宴果てみな散り散りに朧月 そのえ

○並選
みづうみの水通はせて山笑ふ ひろこ
花しぐれ俳句づくりに到りつく 美代子
花明かり風のつめたさ身に沁みる 新一
ひととせの呪縛のとけてさくらかな 喜久子

追伸
「森俳句会」句会についてのお問合せ、ご質問が多かったのですが、下記のホームページをご参照ください。
http://morihaikunokai.jp
尚、ご質問等につきましては、
「森俳句会」
morihaikunokai@gmail.com
までお気軽にご連絡ください。

「森俳句会」代表 大森健司
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2019年2月句会報

句会報告一部を紹介します。

兼題 : 外套、手套、春寒、綿虫

春ひとり青クレヨンを減らしけり
大森健司
外套やぶらりと月を連れてきし
菅城昌三
手袋や夜のことばをかき集め
西川輝美
梅咲くや小僧の下駄の片減りに
速水房男
雪の朝きれいな鳥がついと来て
上田苑江
春寒や川の流れととも歩く
武田誠
春寒や布団ふたりで分け合ひて
松浦美菜子
親指の爪切りすぎて寒の春
山本孝史
綿虫に淡い季節を過ごしをり
池上加奈子
寒すぎし春に予期せぬ客のあり
白川智子
この道の久しからずやコート脱ぐ
前川千枝
手袋や小さな旅の続きをり
臼田はるか
春寒し色とりどりの祇園菓子
中谷かける
わたくしも少しこはれて春の雲
三谷しのぶ
綿虫やオルフェの耳にささやきぬ
柴田春雷

外套やぶらりと月を連れてきし
菅城昌三
「森」中央支部特選。
季語の「外套」、そしてぶらりと月を連れてくるという視点から男性の作品であることは確かである。
作者が昌三である場合、この作品の「月」は偶然の産物であると思われる。
システムエンジニアで地方出張の多い作者が、仕事の帰り道にふと詠んだ作品であろう。
さりげない作品であるが、季語である「外套」がしっかりと活きていて暖かさと少しの哀愁を感じさせる作品に仕上がっている。
靴音まで聞こえてくるようである。

手袋や夜のことばをかき集め
西川輝美
「森」中央支部特選。
まず「夜のことば」という女性らしい柔らかな言葉が目を引く作品。
それがかえって寂しさを伴っている。
現代社会において、マスクをする定義が変わっているらしい。
外敵は、風邪や花粉から、世間の目や中傷となり、マスクをしていると安心なのである。
手袋も然り。
手袋で覆われている手という頼りなげな作者、輝美の不安感が浮かび上がる。
かき集めるほどしかないという否定的な状況に恩寵をもたらす、「夜のことば」に、様々なな想像も膨らむ。
「手袋」いう季語の中でも歳時記の例句にも劣らない作品である。

梅咲くや小僧の下駄の片減りに
速水房男
「森」中央支部特選。
梅は古来より、春の到来を告げる植物であった。
近代における、その薄れつつある原風景。
作者はそれを描くのが上手い。
春が来た喜びを遠い目で微笑ましく見る作者の姿、そして「小僧の下駄の片減りに」の措辞に見る、足を一瞬止めた先の映像の切り取り。
「梅咲くや」という季語との取り合わせの妙はまさに絶妙である。
今月の「森俳句会」の中でも、文句なしの特選に値する作品と言える。

雪の朝きれいな鳥がついと来て
上田苑江
「森」中央支部特選。
この作品は私以外誰も選に採らなかった。
いや、さりげなさすぎて採れなかったのである。
鳥は空を飛ぶことから、天や神からの使いと言われ、家に幸福をもたらす。
春になれば北に渡る鳥が、旅立つ前に「ついと」立ち寄ってくれた嬉しさ。
この場合、奇をてらった言葉は一切不要であり、素直な言葉こそより心が洗われるのである。
中国の昔話のようであり、また唱歌のようでもある世界観に思わず口ずさみたくなるような、心が浄められる作品。

わたくしも少しこはれて春の雲
「森」祇園支部特選。
三谷しのぶ
「わたくしも少しこはれて」という措辞。
ここが作者の今生きている現在地点である。
作者はそこから逃げも隠れもしない。
私、大森健司も自分自身を擬物化した作品がある。
炎天や生き人形が家を出る
捻子(ねじ)巻けば人また動く黄砂かな
父なくて子といふ玩具梅雨に入る
健司
この、
わたくしも少しこはれて春の雲
私自身、この心情は非常に共感できる。
「春の雲」の季語が主張しすぎている感も否めないので、秋の「いわし雲」辺りの方がさらりと詠んでいて良いかも知れない。

綿虫やオルフェの耳にささやきぬ
柴田春雷
「森」祇園支部特選。
静かな中にある躍動感のある作品。
オルフェとは、ギリシャ神話の登場人物オルフェウスのこと。
黄泉の国に、死んだ妻エウリュディケを連れ戻しに行ったものの、後ろを振り返ってはいけないという約束を破り、妻はこの世に戻らない。
人間の心にある疑いや不安、それを駆り立て、そそのかすモチーフに綿虫を持って来た着眼点が面白い。
ファンタジーと怖さが入り混ざっている作品。
夢と現実の両方を知る少し大人の女性さが神話的でもある。
「綿虫」は化身なのである。

十七文字に詰め込みすぎると焦点がぼやけてくる。
それを如何に客観視して相手に知らせるか、否か。
詠み手に如何に想像させるか、写生をすることで気持ちを昇華させるのである。

「森」俳句会は近日、会員も増え、さらに充実した句会となっている。
近い将来「森」東京支部を開設する予定である。

俳句は言葉足らずでも、饒舌すぎてもいけない。
これは各企業のセミナーでも話していることであるが、99の流れる言葉より、「1の核心」を突いたひと言の方が、相手の心に残る。
話が上手ではない経営者の方々、不得手な経営者の方々もいらっしゃるが、ポイントはたったひとつでいい。
相手の心に突き刺さる言葉があればいいのである。
それは決して多く饒舌ではいけない。
あとはそのひとつの言葉を引き立てるある意味、陰や褻の言葉で良いのである。
多くを語る者は多くを失う。
それは詩歌のすべて。
又、俳句の世界でも同じである。


追記
現在は企業のセミナーやコンサルティングもいくつか行なっております。
言葉の力というものは不可欠であり、非常に重要です。
いかにして短い言葉でインパクトを残すことが出来るか、ということです。尚、川柳や短歌にはない「季語」を勉強することによって言葉の
引出しは確実に堅実に増えます。感受性も高めます。
また「森」句会とともに進めてまいります。

詳しくはまたホームページをご覧のうえ、お問い合わせください。
「森」MORIホームページ
http://morihaikunokai.jp
大森健司
プロフィール

kenjiomori

Author:kenjiomori
俳句結社「森」主宰、大森健司のブログ★受賞多数。
お気軽に覗いて下さい。
お問い合わせは「森」ホームページ にて。

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