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2017年11月句会報

句会報の一部を紹介します。

兼題 : 雁、冷まじ、木の実

自堕落によるがまた来て新生姜
大森健司
木の実雨父とはなれず手ぶらなる
菅城昌三
糸いつぽん空より垂れて秋気澄む
西川輝美
香をたひて寂しさだけの十三夜
速水房男
もやもやと秋思の形(なり)の帽子脱ぐ
河本かおり
冷まじくきのふの影を残しゐる
武田誠
豪奢(ごうしゃ)なる女三人すさまじき
松浦美菜子
木の実降る夜をまとひて彷徨す
山本孝史
泣きやめば夢が残りし夜長かな
池上加奈子
雁の列見上ぐるばかり幾度かな
白川智子
手の木の実腕を掴まれ転がりぬ
前川千枝
わが胸の木の実欲しいと神のいふ
臼田はるか
冷まじや地球儀回しゐたりける
中谷翔
列成して雁落日の朱に入りぬ
上田苑江
雁過ぐる百済の風を偲(しの)びをり
栗山千教
宵闇や機械仕掛けの人の群れ

誇らかに乳房行き交う秋の湯屋
しのぶ
雁(かりがね)や女の爪の伸びてをり
柴田春雷

木の実雨父とはなれず手ぶらなる
菅城昌三
「森」中央支部特選。
この句から見ても、作者の立ち位置はこれまでとはかなり異なる。
これまでの昌三の「サラリーマン俳句」から脱却し、男として二本足で立ち突き進む意思表明が感じられる。
先月の昌三の作品は以下である。
藤袴ひとり遊びの果てに咲く
これは「サラリーマン俳句」からの脱却である。
木の実雨父とはなれず手ぶらなる
には、そこから多少の自虐を含む独り身の男としての決別と、解釈しても良いのではなかろうか。
この作品は文句なしの特選であり、自分と向き合った新たな昌三の代表作にもなると思っている。
今月の中でも特に素晴らしく、抜きん出た作品である。
彼のこれからの活動が楽しみである。
同時作として、
雁渡し奥歯の奥を噛みしむる

もやもやと秋思の形(なり)の帽子脱ぐ
河本かおり
「森」中央支部秀逸。
この作品は季語の「秋思」が大変効いている。
これから寒くなる候に、帽子を脱ぐという作者の潔ぎよさは、感慨深いものがある。
作者は大病を患い、それに打ち勝っている。
また、「もやとやと」という措辞に凝縮される真の部分の作者のナイーヴさが愛おしく思える。
助けて欲しいと縋ってくる女性よりも、こういった芯のある凛とした女性のふと見える脆さの瞬間の方が、愛おしい。
又、「もやとやと」の措辞と、「秋思の形(なり)の帽子脱ぐ」との取り合わせの妙も見事である。
これは本来ならば、特選に匹敵する作品であるが、今月は句会のレベルが余りに高すぎたと言ってよい。

泣きやめば夢が残りし夜長かな
池上加奈子
「森」祇園支部秀逸。
これは正に女性的な部分が俳句によって昇華されている。
秋の「夜長」になにかがあって、作者は哀しみに打ちひしがれたのであろう。
しかし、泣くことでそれを一旦受け入れ、「夢」に変える作業は、女性ならではの逞しさ、しなやかさ他ならない。
またさらりと読んでいて、心地よい作品。

列成して雁落日の朱に入りぬ
上田苑江
「森」中央支部秀逸。
この作品は骨格がしっかりと為された作品。
映像の復元も、見事である。
また、「レツナシテカリラクジツノシュニイリヌ」という言葉のリズムも視覚の漢字で見るより、舌で転がしてみると、遥かに良い。
スケールの大きな俯瞰的作品。
列を成して、雁が落日の朱に染まるのが、果たして肯定なのか、否定なのか、静観なのかは詠み手に委ねられる。
良くも詠み手に想像を与える作品。

雁過ぐる百済の風を偲びをり
栗山千教
「森」中央支部秀逸。
この「百済」はいにしえを思っての百済なのか、私見としての百済なのか。
私は前者だと思いたい。
又、過去に俳句を嗜まれているだけあって「雁(かりがね)や」ではなく、「雁過ぐる」といった細やかな表現も含めて、俳句の骨格が為されている。

宵闇や機械仕掛けの人の群れ

「森」名古屋支部特選。
この作品には、前書きに「ブレードランナー」とある。勿論新作の「ブレードランナー2049」の方である。
私はこの映画には興味を持ったが、観ていないので申し訳ない。
ただ、作者の映画に対する刺激は充分に伝わってきた。
まず「機械仕掛けの人の群れ」という措辞が非常に良い。
季語の「宵闇」も決してそれを邪魔していない。「宵闇」とは、十五夜の後の16日から20日くらいまでの月が出る間の闇を指す。その暗さはいっそう深々として、秋が深まってゆくという感慨がある。
また「宵闇」でこういった乾いた抒情詩の俳句は此れまで詠みあげられていない。
根本に流れるのは、私、大森健司俳句作品の「秋のひる誰もが通り過ぎてゆく」「人込みにふと立ち止まる九月かな」「炎天や生き人形が家を出る」と同じと言っても過言ではない。
作者の過去の作品も拝見したが、最近の作品に垣間見る事の出来る知識欲と吸収には目を見張るものがある。作者の過渡期に出会えた事を幸せに思っている。

誇らかに乳房行き交う秋の湯屋
しのぶ
「森」名古屋支部特選。
作者は先月から「森」俳句会に入会された新人であるが、既に俳句の骨格が為されていることには今月も驚いた。
まず映像の復元が出来ることの作品であるが、「誇らかに」という表現によって大らかな女性の生命力と西洋の裸婦像を彷彿とさせる。
またともすれば、男性女性シンボルを作品のモチーフに選ぶには難しいが、作者は「人間賛歌」の域に達しているので、格調がある。
素晴らしくも飽きのこない作品。
同時作として、
無花果やわが胎内のしづもりて
がある。
こちらも非常に鋭い感性とともに淡々と「人間賛美」をしていて良い。

俳句は思いだけではいけない。
十七文字に詰め込みすぎると焦点がぼやけてくる。
それを如何に客観視して相手に知らせるか、否か。
詠み手に如何に想像させるか、写生をすることで気持ちを昇華させるのである。

「森」俳句会は近日、会員も増え、さらに充実した句会となっている。
近い将来「森」名古屋支部、東京支部も開設する予定である。

俳句は言葉足らずでも、饒舌すぎてもいけない。
これは各企業のセミナーでも話していることであるが、99の流れる言葉より、「1の核心」を突いたひと言の方が、相手の心に残る。
話が上手ではない経営者の方々、不得手な経営者の方々もいらっしゃるが、ポイントはたったひとつでいい。
相手の心に突き刺さる言葉があればいいのである。
それは決して多く饒舌ではいけない。
あとはそのひとつの言葉を引き立てるある意味、陰や褻の言葉で良いのである。
多くを語る者は多くを失う。
それは詩歌のすべて。
又、俳句の世界でも同じである。

追記
現在は企業のセミナーやコンサルティングもいくつか行なっております。
言葉の力というものは不可欠であり、非常に重要です。
いかにして短い言葉でインパクトを残すことが出来るか、ということです。尚、川柳や短歌にはない「季語」を勉強することによって言葉の
引出しは確実に堅実に増えます。感受性も高めます。
また「森」句会とともに進めてまいります。
詳しくはまたホームページをご覧のうえ、お問い合わせください。

「森」MORI
http://morihaikunokai.jp
大森健司
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プロフィール

kenjiomori

Author:kenjiomori
俳句結社「森」主宰、大森健司のブログ★受賞多数。
お気軽に覗いて下さい。
お問い合わせは「森」ホームページ にて。

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