2017年12月句会報

句会報の一部を紹介します。

兼題 : 数へ日、咳(せき、しはぶく)、枯野

わが生や枯野に雲を泳がせし
大森健司
数へ日や煙草をもらひ火をもらひ
菅城昌三
ひきこもる息が不貞寝の蒲団かな
西川輝美
数へ日やふたつの虹を観てをりぬ
速水房男
北窓を塞ぐ寂しさ来ぬよふに
河本かおり
大仏の下にしはぶき落しけり
武田誠
しはぶきや卸金する夜明け前
松浦美菜子
枯野ゆく寄り添ふだけの傘回し
山本孝史
もがくほど跳ねる氷魚の美(は)しきけれ
池上加奈子
シビ鮪頬張るをんな盛りかな
白川智子
北窓を塞ぎて我を封印す
前川千枝
山茶花や過ぎし面影重ねらる
臼田はるか
冬の雲過ぎゆき枕高くせり
中谷翔
咳もまた客のうちなりローカル線
上田苑江
咳込んでおのれの本性悟りけり
栗山千教
冬銀河彼方に汽笛聞こえけり

漲(みなぎ)れる光や知多の大枯野
しのぶ
母逝きて数え日寂し墨をする
村田晃嗣
咳ひとつ隔つ襖の重さかな
柴田春雷

数へ日やふたつの虹を観てをりぬ
速水房男
「森」中央支部秀逸。
これは季語の「数へ日」によって、「ふたつの虹」の意味が幾つにもとれる。
これは実景だと感じる。
私自身も近い日にふたつの虹を観たからである。
しかし、これが実景であっても、虚像であってもその立ち位置は変化しない。
年を終えるに当たって小さな神様からのプレゼントだと思いたい。
心の温まる作品。

北窓を塞ぐ寂しさ来ぬよふに河本かおり
「森」中央支部特選。
この作品の季語は勿論、「北窓を塞ぐ」。
この作品は「北窓を塞ぐ」と「寂しさ」の間で一旦、「切れ」ている。
北窓は本来、寒さ予防の為に塞ぐものだが、それをダイレクトに「寂しさ来ぬよふに」と言い切った感性は見事である。
こういった例句は歳時記にはない。
北窓を塞ぐの例句は以下の通りである。
北窓を塞ぎて今日の午睡かな 永井荷風
北窓をふさぎし鐘のきこえけり 久保田万太郎
絣地の一枚北窓塞ぎ足す 中村草田男
他に、
「人来れば空咳をする老婆かな」があるが、これも非常に面白い。
空咳をし、独り言をぶつぶつ言っている老婆の姿が目に浮かぶようである。
思わず選句しながら、笑ってしまった。
ユーモラスな作品。

咳もまた客のうちなりローカル線
上田苑江
「森」中央支部秀逸。
この作品はあたたかく、躍動感に満ちている。
客も疎らな電車の中で、「咳もまた」という措辞によって、明るくのんびりとした車内の映像が復元できる。
しっかりとした観察に以って生まれた作品。
咳という「陰」の存在を、見事に「陽」に転換した素晴らしい作品。
これはひとえに、作者の心の豊かさ、である。

咳込んでおのれの本性悟りけり
栗山千教
「森」中央支部秀逸。
一見穏やかな作者であるが、別の顔が見えた時に作者の面白さがそこに存在する。
おのれの本性とは、余り知りたくないものである。
「本性悟りけり」に恐怖に似た感情を覚える。
その感情を淡々と受け流しているところに、ひと筋縄では行かない作者の生き様を垣間見ることが出来る。
いつまでも興味が続く作品である。
色々なことを詠み手に連想させる面白い作品である。

漲(みなぎ)れる光や知多の大枯野
しのぶ
「森」名古屋支部特選。
この作品はまず、スケールが大きい。
「知多の大枯野」という「陰・褻」の固有名詞に対して、「陽・晴」である「漲れる光」という措辞をダイナミックに持ってきたことによって、成功をもたらした作品。
「光や」、で一旦「切れ」てをり、そこから場面転換が為されている。
このような大胆な転換をする例句は観たことがない。
素晴らしい、の一言に尽きる。
また、他に同時作に、
ブルースや咳きひとつ夜を融(と)く
紅差せば何かが呼ばる冬鏡

があり、共に秀吟。

母逝きて数え日寂し墨をする
村田晃嗣
個人レッスンにて特選。
村田晃嗣氏には事前に季語集と幾つかの句集をお渡ししただけだが、この処女作品には驚かされた。
年の瀬の慌ただしい中、母を見送った男の背中はピンと伸びている。
悲しみを受け止め、昇華させたのか、それともこらえているのかはわからないが、身を持ち直している姿は凛として美しい。
今年もあとわずかという頃は、なんとなく静かで物悲しくもあるが、墨をすり、己を見つめ直すことで、新年に向けてリセットされている。希望の光が射しているようである。
この作品は、俳句の基本でもある以下の三つが踏まえられている。
①映像の復元
②リズムの良さ
③自己投影
また、同時作に他の作品として、
「そこかしこ咳の花咲く大講堂」「鏡中に年行く顔に眉しかむ」がある。
どちらの句もウィットに富んでいる為か、何故か笑みがこぼれる。
「咳の花咲く」という措辞が、授業に集中しきれない生徒を俯瞰的に見る姿に、ある種の愛情が感じられる作品。
「鏡中に年行く顔に眉しかむ」も非常に面白い作品。どこか諧謔的でもある。
「年行く」という季語も絶妙で良い。
鏡の中に写る男の姿に眉をしかめるという行為は非常にウィットに富んだ作品である。
ウィットは、ウィットーウィズダム(知恵)に由来する。
詩の根源とも言えるこの、ウィットを村田晃嗣氏は既に掴んでいる。
心の豊かさは、俳句の豊かさに比例する。
心の豊かさ、とは観察することによる。
心を豊かに、豊かな俳句を望む。


俳句は思いだけではいけない。
十七文字に詰め込みすぎると焦点がぼやけてくる。
それを如何に客観視して相手に知らせるか、否か。
詠み手に如何に想像させるか、写生をすることで気持ちを昇華させるのである。

「森」俳句会は近日、会員も増え、さらに充実した句会となっている。
近い将来「森」名古屋支部、東京支部も開設する予定である。

俳句は言葉足らずでも、饒舌すぎてもいけない。
これは各企業のセミナーでも話していることであるが、99の流れる言葉より、「1の核心」を突いたひと言の方が、相手の心に残る。
話が上手ではない経営者の方々、不得手な経営者の方々もいらっしゃるが、ポイントはたったひとつでいい。
相手の心に突き刺さる言葉があればいいのである。
それは決して多く饒舌ではいけない。
あとはそのひとつの言葉を引き立てるある意味、陰や褻の言葉で良いのである。
多くを語る者は多くを失う。
それは詩歌のすべて。
又、俳句の世界でも同じである。

追記
現在は企業のセミナーやコンサルティングもいくつか行なっております。
言葉の力というものは不可欠であり、非常に重要です。
いかにして短い言葉でインパクトを残すことが出来るか、ということです。尚、川柳や短歌にはない「季語」を勉強することによって言葉の
引出しは確実に堅実に増えます。感受性も高めます。
また「森」句会とともに進めてまいります。
詳しくはまたホームページをご覧のうえ、お問い合わせください。

「森」MORI
http://morihaikunokai.jp
大森健司

村田晃嗣氏 大森健司「森」俳句会

kojimurata
村田晃嗣氏 *御本人の承諾を得て、御写真掲載させて頂いております

今年は「森」俳句会が大きく飛躍した一年でした。
ブログを通して問い合わせが増え、「森」俳句会の結束力がより強固なものになりました。
ブログを拝読されている皆様、いつも応援有難うございます。
合縁奇縁、人と人とが互いに気心が合うかどうかは皆、因縁という不思議な力によるものです。
この度、我が母校同志社の大教授、そして数々の番組の論客でもあられる 国際政治学者の村田晃嗣氏が「森」俳句会の扉を叩いて下さいました。
動であり静な人。
村田晃嗣氏はこの一言に尽きます。
きっとテレビで御覧になった方々は華やかな風貌と切れのある弁舌に大胆なイメージだけが先行すると思いますが、ご一緒にお酒を酌み交わし、芸術話に花を咲かせ、至極、物腰柔らかな氏の振舞いに「静」の美学を感じました。
茶道、能、狂言、俳句など日本の芸事はすべて「晴と褻」の世界です。
己から脱却し、己を俯瞰し、ただひとつのことを深く掘り下げていくことです。
村田晃嗣氏の秀麗な俳句作品はまた次回掲載させていただきますので、楽しみにお待ち下さい。

この現代社会に於いて、SNSの普及もあり、他者との関わりがより難しくなってきました。
人からの評価に過敏になり、理解されたいという思いはかえって、生きづらくします。
なにかひとつが琴線に触れれば良いのです。
共鳴し、また他者を尊重し、御縁を大切にすることです。
森俳句会の「座」を通して、己を俯瞰し、皆様の気持ちが明るく、軽くなって下されば代表として幸いです。

「森」俳句会 代表 大森健司

2017年11月句会報

句会報の一部を紹介します。

兼題 : 雁、冷まじ、木の実

自堕落によるがまた来て新生姜
大森健司
木の実雨父とはなれず手ぶらなる
菅城昌三
糸いつぽん空より垂れて秋気澄む
西川輝美
香をたひて寂しさだけの十三夜
速水房男
もやもやと秋思の形(なり)の帽子脱ぐ
河本かおり
冷まじくきのふの影を残しゐる
武田誠
豪奢(ごうしゃ)なる女三人すさまじき
松浦美菜子
木の実降る夜をまとひて彷徨す
山本孝史
泣きやめば夢が残りし夜長かな
池上加奈子
雁の列見上ぐるばかり幾度かな
白川智子
手の木の実腕を掴まれ転がりぬ
前川千枝
わが胸の木の実欲しいと神のいふ
臼田はるか
冷まじや地球儀回しゐたりける
中谷翔
列成して雁落日の朱に入りぬ
上田苑江
雁過ぐる百済の風を偲(しの)びをり
栗山千教
宵闇や機械仕掛けの人の群れ

誇らかに乳房行き交う秋の湯屋
しのぶ
雁(かりがね)や女の爪の伸びてをり
柴田春雷

木の実雨父とはなれず手ぶらなる
菅城昌三
「森」中央支部特選。
この句から見ても、作者の立ち位置はこれまでとはかなり異なる。
これまでの昌三の「サラリーマン俳句」から脱却し、男として二本足で立ち突き進む意思表明が感じられる。
先月の昌三の作品は以下である。
藤袴ひとり遊びの果てに咲く
これは「サラリーマン俳句」からの脱却である。
木の実雨父とはなれず手ぶらなる
には、そこから多少の自虐を含む独り身の男としての決別と、解釈しても良いのではなかろうか。
この作品は文句なしの特選であり、自分と向き合った新たな昌三の代表作にもなると思っている。
今月の中でも特に素晴らしく、抜きん出た作品である。
彼のこれからの活動が楽しみである。
同時作として、
雁渡し奥歯の奥を噛みしむる

もやもやと秋思の形(なり)の帽子脱ぐ
河本かおり
「森」中央支部秀逸。
この作品は季語の「秋思」が大変効いている。
これから寒くなる候に、帽子を脱ぐという作者の潔ぎよさは、感慨深いものがある。
作者は大病を患い、それに打ち勝っている。
また、「もやとやと」という措辞に凝縮される真の部分の作者のナイーヴさが愛おしく思える。
助けて欲しいと縋ってくる女性よりも、こういった芯のある凛とした女性のふと見える脆さの瞬間の方が、愛おしい。
又、「もやとやと」の措辞と、「秋思の形(なり)の帽子脱ぐ」との取り合わせの妙も見事である。
これは本来ならば、特選に匹敵する作品であるが、今月は句会のレベルが余りに高すぎたと言ってよい。

泣きやめば夢が残りし夜長かな
池上加奈子
「森」祇園支部秀逸。
これは正に女性的な部分が俳句によって昇華されている。
秋の「夜長」になにかがあって、作者は哀しみに打ちひしがれたのであろう。
しかし、泣くことでそれを一旦受け入れ、「夢」に変える作業は、女性ならではの逞しさ、しなやかさ他ならない。
またさらりと読んでいて、心地よい作品。

列成して雁落日の朱に入りぬ
上田苑江
「森」中央支部秀逸。
この作品は骨格がしっかりと為された作品。
映像の復元も、見事である。
また、「レツナシテカリラクジツノシュニイリヌ」という言葉のリズムも視覚の漢字で見るより、舌で転がしてみると、遥かに良い。
スケールの大きな俯瞰的作品。
列を成して、雁が落日の朱に染まるのが、果たして肯定なのか、否定なのか、静観なのかは詠み手に委ねられる。
良くも詠み手に想像を与える作品。

雁過ぐる百済の風を偲びをり
栗山千教
「森」中央支部秀逸。
この「百済」はいにしえを思っての百済なのか、私見としての百済なのか。
私は前者だと思いたい。
又、過去に俳句を嗜まれているだけあって「雁(かりがね)や」ではなく、「雁過ぐる」といった細やかな表現も含めて、俳句の骨格が為されている。

宵闇や機械仕掛けの人の群れ

「森」名古屋支部特選。
この作品には、前書きに「ブレードランナー」とある。勿論新作の「ブレードランナー2049」の方である。
私はこの映画には興味を持ったが、観ていないので申し訳ない。
ただ、作者の映画に対する刺激は充分に伝わってきた。
まず「機械仕掛けの人の群れ」という措辞が非常に良い。
季語の「宵闇」も決してそれを邪魔していない。「宵闇」とは、十五夜の後の16日から20日くらいまでの月が出る間の闇を指す。その暗さはいっそう深々として、秋が深まってゆくという感慨がある。
また「宵闇」でこういった乾いた抒情詩の俳句は此れまで詠みあげられていない。
根本に流れるのは、私、大森健司俳句作品の「秋のひる誰もが通り過ぎてゆく」「人込みにふと立ち止まる九月かな」「炎天や生き人形が家を出る」と同じと言っても過言ではない。
作者の過去の作品も拝見したが、最近の作品に垣間見る事の出来る知識欲と吸収には目を見張るものがある。作者の過渡期に出会えた事を幸せに思っている。

誇らかに乳房行き交う秋の湯屋
しのぶ
「森」名古屋支部特選。
作者は先月から「森」俳句会に入会された新人であるが、既に俳句の骨格が為されていることには今月も驚いた。
まず映像の復元が出来ることの作品であるが、「誇らかに」という表現によって大らかな女性の生命力と西洋の裸婦像を彷彿とさせる。
またともすれば、男性女性シンボルを作品のモチーフに選ぶには難しいが、作者は「人間賛歌」の域に達しているので、格調がある。
素晴らしくも飽きのこない作品。
同時作として、
無花果やわが胎内のしづもりて
がある。
こちらも非常に鋭い感性とともに淡々と「人間賛美」をしていて良い。

俳句は思いだけではいけない。
十七文字に詰め込みすぎると焦点がぼやけてくる。
それを如何に客観視して相手に知らせるか、否か。
詠み手に如何に想像させるか、写生をすることで気持ちを昇華させるのである。

「森」俳句会は近日、会員も増え、さらに充実した句会となっている。
近い将来「森」名古屋支部、東京支部も開設する予定である。

俳句は言葉足らずでも、饒舌すぎてもいけない。
これは各企業のセミナーでも話していることであるが、99の流れる言葉より、「1の核心」を突いたひと言の方が、相手の心に残る。
話が上手ではない経営者の方々、不得手な経営者の方々もいらっしゃるが、ポイントはたったひとつでいい。
相手の心に突き刺さる言葉があればいいのである。
それは決して多く饒舌ではいけない。
あとはそのひとつの言葉を引き立てるある意味、陰や褻の言葉で良いのである。
多くを語る者は多くを失う。
それは詩歌のすべて。
又、俳句の世界でも同じである。

追記
現在は企業のセミナーやコンサルティングもいくつか行なっております。
言葉の力というものは不可欠であり、非常に重要です。
いかにして短い言葉でインパクトを残すことが出来るか、ということです。尚、川柳や短歌にはない「季語」を勉強することによって言葉の
引出しは確実に堅実に増えます。感受性も高めます。
また「森」句会とともに進めてまいります。
詳しくはまたホームページをご覧のうえ、お問い合わせください。

「森」MORI
http://morihaikunokai.jp
大森健司

2017年10月句会報

句会報の一部を紹介します。

兼題 : 月、梨、藤袴(大原野吟行実施)

藤袴いくつの声を忘れきし
大森健司
藤袴ひとりあそびの果てに咲く
菅城昌三
指で追ふ活版印刷色鳥来
西川輝美
雨音の湖まで続く秋の鮎
速水房男
鵲(かささぎ)の落とした切符銀河行き
河本かおり
藤袴抜け殻に似た昼を抱く
武田誠
かのひとの残り香を踏む藤袴
松浦美菜子
名月や手に乗るほどの靴のあり
山本孝史
蜘蛛の囲に月のでられぬ都会かな
池上加奈子
いにしへの比叡を見るや藤袴
白川智子
梨むくや夕べの喧嘩置き去りに
前川千枝
手折りてはためらうばかり藤袴
臼田はるか
月の夜ねこの森にはかえれない
中谷翔
何もかもうまくいくわと秋日傘

大陸の男(ひと)の香りや巴里の秋
しのぶ
恥じらひて化粧落とせし藤袴
柴田春雷

藤袴ひとりあそびの果てに咲く
菅城昌三
「森」中央支部特選。
この句の成功は作者の存在せぬ立ち位置に存在する。
「ひとりあそびの果てに咲く」の措辞が、非常に幻想的で幽玄な世界である。
この不安定な措辞によって、季語である「藤袴」の様が、逆に有り有りとリアルに浮かび上がる。
サラリーマン作品の多い作者の中では珍しい手法である。
今月は、「藤袴吟行」として、大原野に向かったが、その中でも特に素晴らしかった即吟である。
流石、名だたる俳人達と句座を囲み空気感を体感しているだけに、俳句の系譜は深い。
感銘に値する作品。
私、大森健司の「藤袴吟行」の俳句作品は以下である。
藤袴いくつの声を忘れきし
大原女の背なも暮れたり藤袴 大森健司
参考にして頂きたい。

指で追ふ活版印刷色鳥来
西川輝美
「森」中央支部秀逸。
この作品はとにかくリズムが全て、である。
「活版印刷色鳥来ーかっぱんいんさついろどりく」と、非常に心地よいリズムで収められている。
また「指で追ふ」と具体的な作者の動きを入れたことによってより映像が復元出来、また「色鳥来」で色彩感が豊かでもある。
少女趣味とも言える輝美の作品は分かり易く、女性人気も高い。
これはこれで良い。
色鳥とは秋に渡って来る小鳥の総称であり、花鶏(あとり)、鶸(ひわ)、尉鶲(じょうびたき)など色彩の美し鳥が多いことから色鳥と呼ばれる。
そして、色鳥には以下の例句がある。
参考にして頂きたい。
色鳥や森は神話の泉抱く 宮下翠舟
色鳥の来てをり晴のつづきをり 森澄雄
雨の庭色鳥しばし映りゐし 中村汀女
色鳥や買物籠を手に持てば 鈴木真砂女

藤袴抜け殻に似た昼を抱く
武田誠
「森」祇園支部特選。
これも、「藤袴吟行」による作品。
乾いた叙情世界観がそこにある。
又、不思議と異性と無機質に肌を重ねても埋まらない寂しさの様なものを、その根底に感じさせる作品でもある。
輝美の彩りのある作品とは真逆のモノクロームの世界。
都会的な作品であり、季語の「藤袴」がそこに絶妙に位置している。
愛の渇きを彷彿とさせる作品。

月の夜ねこの森にはかえれない
中谷翔
「森」祇園支部特選。
この作品はアニメージュの良さである。
「ねこの森」とは一体どんな森であろうか。
詠み手に様々な想像を膨らませる完成された作品。
現代社会の生きにくさ、そのものを象徴しているようにも思える。
月の灯りをたよりに暗い森から出たのはいいが、かえって迷ってしまうというパラドックス。
作者はもはや道を見失っているかもしれない。
完成された大人になったのかもしれない。
この「ねこの森にはかえれない」というのは、かのユニークな谷山浩子の曲名であるが、それはさして問題ではない。
大人になると却って見えなくなる物は数多く存在する。
特選に値する一句である。
此れまでの作者の中で、代表作品とも言える。

大陸の男の香りや巴里の秋
しのぶ
作者は今月から「森」俳句会に入会された全くの新人。
しかし、短歌を既に嗜まれていて数々の受賞もされている女性である。
驚くべきことに「俳句の骨格」が既に為されている。
この作品はまず気品に満ち溢れていて、女性特有の巴里かぶれは少々鼻につくが、彼女の場合巴里は大変身近にある。
俳句とは言葉を自分の物にすることである。
饒舌でなくとも、自分の言葉を持ってしてこそ、俳句は自分の物になる。
又、「大陸の男(ひと)の香り」、この様な措辞は此れまで見たことがない。
ウィットにも満ち溢れた表現が素晴らしい。
実際にこの作品からは何故か、するはずが無いのに香りがしてくるのである。
「巴里の秋」の着地点も見事である。
文句なしの特選である。
他に感銘を受けた作品として、
ペディキュアの赤ゆらめきて秋湯殿
この作品も俳句の根本である、「晴と褻」「陽と陰」がしっかりと際立っている。
湯気でぼやけている筈の視界に飛び込んでくる強烈な赤。
これは、春・夏・冬ではなく、決定打はやはり秋である。
このまま鋭い感性と気品、骨格を維持して頂きたい。

恥じらひて化粧落とせし藤袴
柴田春雷
「森」洛中支部特選。
これも秋の野に咲く「藤袴」の本質を捉えている。
錦繍の秋も良いが、野ざらしの可憐な花を愛でるのも又格別である。
「恥じらひて化粧落とせし」の措辞が大変素晴らしい。
男性では決して描くことの出来ない世界観を持っている。
「恥じらひて化粧を落とす」という奥ゆかしさと虚飾を捨てて残る上品さが、季語の「藤袴」と絶妙にマッチングしている。
これも句歴は違えど、昌三の
藤袴ひとりあそびの果てに咲く
に匹敵する作品である。
藤袴は準絶滅危惧種であり、現在京都市が再生プロジェクトに取り組んでいる。
万葉時代に歌人が愛でた藤袴というものを、俳句同様、後世に受け継ぎたいと願うばかりである。

俳句は思いだけではいけない。
十七文字に詰め込みすぎると焦点がぼやけてくる。
それを如何に客観視して相手に知らせるか、否か。
詠み手に如何に想像させるか、写生をすることで気持ちを昇華させるのである。

「森」俳句会は近日、会員も増え、さらに充実した句会となっている。
近い将来「森」名古屋支部、東京支部も開設する予定である。

俳句は言葉足らずでも、饒舌すぎてもいけない。
これは各企業のセミナーでも話していることであるが、99の流れる言葉より、「1の核心」を突いたひと言の方が、相手の心に残る。
話が上手ではない経営者の方々、不得手な経営者の方々もいらっしゃるが、ポイントはたったひとつでいい。
相手の心に突き刺さる言葉があればいいのである。
それは決して多く饒舌ではいけない。
あとはそのひとつの言葉を引き立てるある意味、陰や褻の言葉で良いのである。
多くを語る者は多くを失う。
それは詩歌のすべて。
又、俳句の世界でも同じである。

追記
現在は企業のセミナーやコンサルティングもいくつか行なっております。
言葉の力というものは不可欠であり、非常に重要です。
いかにして短い言葉でインパクトを残すことが出来るか、ということです。尚、川柳や短歌にはない「季語」を勉強することによって言葉の
引出しは確実に堅実に増えます。感受性も高めます。
また「森」句会とともに進めてまいります。
詳しくはまたホームページをご覧のうえ、お問い合わせください。

「森」MORI
http://morihaikunokai.jp
大森健司

2017年9月句会報

句会報の一部を紹介します。

兼題 : 萩、野分、台風

萩に風ことばの距離を測りをり
大森健司
萩の花浮かぶ世に雨もたらしむ
菅城昌三
秋風や泣いて笑つて膝頭
西川輝美
多弁なる台風圏のふたりかな
速水房男
風の盆いるはずのない人探す
河本かおり
灰皿に過ぎし台風うづくまる
武田誠
エデンより堕天使来たる秋真昼
松浦美菜子
道化師が野分さなかにタクト振る
山本孝史
灯を待ちて秋の小路の二年坂
池上加奈子
萩散るや女五十にして目覚む
白川智子
萩の花柱時計の不意に鳴る
前川千枝
チャペルの音(ね)露をたばねて萩に置く
臼田はるか
野分過ぐ交響曲の第ニ章
中谷翔
古(いにしえ)の舟人も居り秋の海

おほかたは夢と思ふに稲びかり
栗山千教
垂れ絹や夜にはぐれる後野分
柴田春雷

秋風や泣いて笑つて膝頭
西川輝美
「森」中央支部特選。
この句の成功は、「膝頭」というポイントに焦点が定まったことにある。
「泣いて笑つて」から「膝頭」までの着地点が非常に良い。
又、季語の「秋風」も平明でさりげなく、その世界観を更に深めているといえよう。
輝美らしい作品であり、誰もが共感出来る良さがそこにある。

多弁なる台風圏のふたりかな
速水房男
「森」中央支部秀逸。
この作品ほ実に速水房男らしいユーモアもあり、さらりとしていながら見逃せない一句。
台風圏の中というのは一種の比喩とも理解できる。
男女間の心に吹き荒れる嵐とも取れるし、世間の何かしらの渦中を「台風圏」に表しているとも言える。
ある意味のふてぶてしさ、飄々と世を眺めているところが非常に面白く、作者の中で形を潜めている骨太さが非常に良い。

風の盆いるはずのない人探す
河本かおり
「森」中央支部特選。
「風の盆」とは、越中の哀切感に満ちた旋律にのって、坂が多い町の道筋で無言の踊り手たちが洗練された踊りを披露する祭りである。
艶やかで優雅な女踊り、勇壮な男踊り、哀調のある音色を奏でる胡弓の調べなどが来訪者を魅了する。おわら風の盆が行なわれる3日間、多くの見物客が八尾を訪れ、町はたいへんな賑わいをみせる。
それは非常に幻想的でありながら、非日常な光景である。
措辞の「いるはずのない人探す」は正に、風の盆の真髄を突いてをり、核心的な作品。
作者は実際に「風の盆」を訪ねてをり、更に思いの深まった真実味のある作品となっている。
風の盆わたしと死んでくれますか 角川春樹

萩散るや女五十にして目覚む
白川智子
「森」祇園支部特選。
兼題の「萩」での特選。
兼題の「萩」はとても難題だったようだが、この作品は見事。
秋は草花が一度散りゆくのを惜しむ時期であるのに、女が何かを咲かそうという特有発想が面白い。
古来より女性は家を守り、出産の痛みを経て子育てを慈しむ、たくましい存在であるというのを再認識出来る句である。
男は年齢を重ねるごとに自信を無くしていく生き物であるのに対して、女性はしたたかに、そしてしなやかに生きることのウィットに富んだ作品。
萩に風ことばの距離を測りをり 大森健司

古(いにしえ)の舟人も居り秋の海

「森」中央支部特選。
作者の新たな引出しを感じた作品である。
まず俯瞰的であり、情景が目にはっきりと浮かぶ。
つまり、映像の復元が出来ているということである。
平明ながら、奥行きがあり、情緒も感じられる作品。
他に感銘した作品に、
酔芙蓉月を仰ぎて詩を吟ず
がある。
こちらも季語の「酔芙蓉」が絶妙であり、作者は「俳句の骨」のやうなものを見出した様に感じられる。
五感を刺激すると共に、男性特有のフェロモンが出でいて、作者の上達に感銘を受けた。

おほかたは夢と思ふに稲びかり
栗山千教
「森」中央支部特選。
この方は入会されてから、初めての句会で特選を採られた。
「おほかたは夢と思ふに」という措辞が見事に素晴らしい。
また、季語の「稲びかり」も絶妙である。
「おほかたは夢と思ふ」という、幻想文学に対してからの「稲びかり」への現実のインパクトへの移行、転換が見事としか、言い様がない。
まるで泉鏡花文学を彷彿させる作品。
今月の特選の中でも最も優れた作品。
いなびかりひとと逢ひきし四肢てらす 桂信子

垂れ絹や夜にはぐれる後野分
柴田春雷
「森」祇園支部秀逸。
垂れ絹とは今でいうカーテンとは少し異なる。
上からたれ下げて目隠しや仕切りに用いた布のことである。
「夜にはぐれる後野分」が少し具象化に欠けるが、その空想の発想は面白い。
まるで1950年代の王朝映画に見られるような世界観である。
作者の真意は分からないが、少なくとも穏やかでないその心中と「垂れ絹」という小道具の使い方、比喩は面白いと感じたまでである。
今回、「森」俳句会の兼題である、「萩」「野分」「台風」は難しいこともあり、いつもより秀吟は少なかったようである。

俳句は思いだけではいけない。
十七文字に詰め込みすぎると焦点がぼやけてくる。
それを如何に客観視して相手に知らせるか、否か。
詠み手に如何に想像させるか、写生をすることで気持ちを昇華させるのである。
「森」俳句会は近日、会員も増え、さらに充実した句会となっている。

俳句は言葉足らずでも、饒舌すぎてもいけない。
これは各企業のセミナーでも話していることであるが、99の流れる言葉より、「1の核心」を突いたひと言の方が、相手の心に残る。
話が上手ではない経営者の方々、不得手な経営者の方々もいらっしゃるが、ポイントはたったひとつでいい。
相手の心に突き刺さる言葉があればいいのである。
それは決して多く饒舌ではいけない。
あとはそのひとつの言葉を引き立てるある意味、陰や褻の言葉で良いのである。
多くを語る者は多くを失う。
それは詩歌のすべて。
又、俳句の世界でも同じである。

追記
現在は企業のセミナーやコンサルティングもいくつか行なっております。
言葉の力というものは不可欠であり、非常に重要です。
いかにして短い言葉でインパクトを残すことが出来るか、ということです。尚、川柳や短歌にはない「季語」を勉強することによって言葉の
引出しは確実に堅実に増えます。感受性も高めます。
また「森」句会とともに進めてまいります。
詳しくはまたホームページをご覧のうえ、お問い合わせください。

「森」MORI
http://morihaikunokai.jp
大森健司
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Author:kenjiomori
俳句結社「森」主宰、大森健司のブログ★受賞多数。
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お問い合わせは「森」ホームページ にて。

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